1 政府は、政府機関の地方移転を検討する方針を打ち出し、「まち・ひと・しごと創生本部」(以下「創生本部」という)、「政府関係機関移転に関する有識者会議」を設置して、道府県から出された提案を検討している。その一つとして、徳島県提案の消費者庁・消費者委員会・国民生活センター(以下「消費者庁等」という)を同県に移転する案が議論されていたが、創生本部は、本年3月22日、政府関係機関移転基本方針(以下「基本方針」という)を取りまとめ、観光庁、中小企業庁、気象庁、特許庁の4つの中央官庁については移転対象から外す一方、消費者庁等については、移転に向けた検証を行い、本年8月末までに結論を得ることを目指すこととした。

2 もとより、東京圏への一極集中は、地価の高騰、若者の東京圏への大量流入を増大させるだけでなく、地方の人口減少と人出不足、地域経済の縮小を増幅させるなど、我が国全体への活力の低下をもたらすものであるから、これを是正する方策として政府関係機関の地方移転を促進することは、地方の活性化に資する一つの重要な政策として推進されるべきである。しかし、上記の「基本方針」においても、地方移転を実施するかどうかは、当該機関を地方に移転させることにより「国の機関として機能の維持・向上が期待できるか」が基本的視点とされているところ、消費者庁等については、地方移転によってその機能が低下することは明らかであり、消費者庁等の機能低下が我が国の消費者行政全体の機能の後退につながりかねないことから、慎重な考慮がなされるべきである。以下、それぞれの機関ごとに、地方移転によって生じる弊害や問題点を指摘する。

(1)消費者庁について

消費者問題は、食品や製品の生産・流通・販売・安全管理、金融、教育、行政規制・刑事規制など多くの領域に関わっている。消費者庁は、繰り返される消費者被害に対し、各省庁の個別的(縦割り)対応では不十分であるとの認識の下、2009年(平成21年)9月、消費者行政の司令塔として設置されたものであり、被害情報を一元的に集約・分析し、縦割りとなっている消費者保護施策を統括的に推進する責務を負い、消費者保護のために必要な立法や法改正を企画・実現する責務をも負っている。緊急時には、官邸と連携し、政府全体の調整を速やかに行うことが求められる。

このような司令塔機能を発揮するためには、関係省庁との密な連携や国会対策等が必須であり、担当大臣、各省庁及び国会と同一地域に存在する必要がある。消費者庁等の地方移転は、創設されて6年しか経過しておらず各省庁と比較して圧倒的に規模が小さい消費者庁の他省庁に対する働きかけの力を、さらに低下させる。また、消費者庁の機能は、非常勤職員も含め様々な専門的人材によって支えられており、必要な専門家確保の面からも地方移転による弊害が大きい。

(2)消費者委員会について

  消費者委員会は、消費者行政全般に対する監視機能を有する独立した第三者機関として、消費者庁とともに設置されたものであり、消費者庁等からの諮問事項を審議するほか、任意のテーマを自ら調査して消費者庁を含む他省庁に対する建議・提言・意見を行っている。これら建議等は、他省庁や関連事業者、事業者団体からの事情聴取・協議による実情把握、検討会等の場に関係省庁や事業者等を招へい、あるいは委員会側から赴いて説明するなど、綿密な準備を経て発出されてきたが、地方移転により、同様の活動は困難となる懸念が強い。

(3)国民生活センターについて

国民生活センターは、全国の消費生活相談情報を集約・分析し、消費者庁や各省庁の消費者関係法制度の不備や見直しの問題提起を行う機能を担い、消費者や地方自治体に情報を発信したり、経由相談等の相談支援、商品テスト、研修、ADR等による消費生活センター・消費生活相談窓口支援の中核機関(センターオブセンターズ)としての役割を有している。しかし、地方移転によって、専門的知見を有する相談員や研修・ADR等に要する専門家の確保が困難となることなどから、同センターの機能が大幅に低下する結果となりかねない。

3 さらに、消費者庁等の地方移転は地方の消費者行政充実という観点からも弊害が懸念される。消費者庁は、地方自治体の消費者行政を法制度の整備や財政措置によって支援する役割を担っており、国民生活センターも、地方の相談現場支援に欠くべからざる存在である。しかし、これらが地方に移転すると、多くの地方は消費者庁等との物理的な距離が離れてしまいアクセスに支障が生じることは避けられず、その結果、地方支援機能が低下し、地方消費者行政全体が後退してしまうという弊害も指摘されている。

4 以上の通り、消費者庁等がその機能を果たすためには、担当大臣や関連各省庁,国会等と同じ地域に存することが不可欠であることから、関連各省庁等が中央に存する現状においては、当連合会は、消費者庁等の地方移転に反対し、速やかに地方移転の対象から外すよう強く要求する。

 以上のとおり決議する。

2016年(平成28年)7月1日
東北弁護士会連合会

 

提 案 理 由

1 消費者庁等の地方移転検討の経緯等

政府は、平成26年12月閣議決定した「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に基づき、「まち・ひと・しごと創生本部」(以下「創生本部」という)、「政府関係機関移転に関する有識者会議」(以下「有識者会議」という)において、道府県から提案を受けた政府関係機関の地方移転案について検討を行っており、その一つとして、徳島県から提案された消費者庁・消費者委員会・国民生活センター(以下「消費者庁等」という)を同県に移転する案が議論されている。

有識者会議における検討を経て、創生本部は,本年3月22日,政府関係機関移転基本方針(以下「基本方針」という。)を取りまとめ、消費者庁等については、「施策・事業の執行に関する業務(執行業務と密接不可分に行うことが効率的な一部の政策の企画立案業務を含む。)について、ICTの活用等による試行等を行い、移転に向けて8月末までに結論を得ることを目指す」、消費者委員会及び国民生活センターについては、「上記の検証と並行して検証を行い、移転に向けて8月末までに結論を得ることを目指す」ものとされた。

東京圏への一極集中は、地価の高騰、若者の東京圏への大量流入、災害時における人や各機関の集中による被害の大規模化と行政機能・産業の空洞化のリスクを増大させるだけでなく、地方の人口減少と人出不足、地域経済の縮小を増幅させるなど、我が国全体への活力の低下をもたらすものであるから、これを是正する方策として政府関係機関の地方移転を促進することは、その機関に関連する民間事業者の地方展開を促す効果も期待できるなど地方の活性化に資する一つの重要な政策として評価できる。

しかしながら、地方移転によって当該政府関係機関が果たすべき機能が大きく低下することになっては本末転倒である。上記の「基本方針」においても、地方移転を実施するかどうかは、当該機関を地方に移転させることにより「国の機関として機能の維持・向上が期待できるか」が基本的視点とされているところ、後述するように、消費者庁等については、地方移転によって機能低下することは明らかであり、消費者庁の機能低下が我が国の消費者行政全体の機能の後退につながりかねないことから、消費者庁の地方移転については慎重な考慮を要するものというべきである。

2 消費者庁について

(1) 司令塔機能について

ア 消費者問題は,食品や製品の生産・流通・販売・安全管理,金融,教育,行政規制・刑事規制など多くの領域に関わっている。消費者庁は、繰り返される消費者被害に対し、各省庁の個別的(縦割り)対応では不十分であるとの認識のもと、2009年(平成21年)9月、消費者行政の司令塔として設置されたものである。

大多数の消費者関連法は依然として消費者庁以外の各省庁が所管している中で、消費者庁は、被害情報を一元的に集約・分析し、司令塔として、縦割となっている消費者保護施策を統括的に推進する責務を負い、そのため、内閣府に代わって消費者問題に関する事項の総合調整事務を担当し(内閣府設置法第12条)、他の省庁に対し消費者被害の発生又は拡大の防止を図るため必要な措置の速やかな実施を求める権限(消費者安全法〔以下「消安法」という〕第39条)や、所管法・所管大臣がいない、いわゆる隙間事案に対する直接対応権限(消安法第40〜41条)を有している。また、消費者保護のために必要な立法や法改正を企画・実現する責務を負っている。

このような司令塔機能を発揮するためには、関係省庁との密な連携や国会対策等が必須であり、担当大臣、各省庁及び国会と同一地域に存在しないと効果的な活動ができないことは明らかである。

消費者庁は、関係省庁や事業者団体と意見が対立する中で、多くの消費者政策や所管法の制定・改正(近年では、消費者裁判手続特例法、景品表示法への課徴金制度の導入、特定商取引法や消費者契約法改正など)に対応してきたが、立法・法改正作業一つをとってみても、地方移転によって、以下のような大きな支障が生じる。すなわち、改正事項等を検討する研究会・審議会について、委員が一堂に会しての開催や消費者庁の委員に対する事前説明も直接面談が難しくなるが、テレビ会議等では十分な議論や合意形成が行えるか疑問である。消費者庁は、審議会等の取りまとめを受けて法案を策定し、法案の国会提出に向けて、業界団体に対する説明・関係省庁に対する説得・内閣法制局や与党・野党に対する説明調整を行い、法案提出後も、議員に対する説明や国会答弁に対する対応を政治情勢によってめまぐるしく動く国会審議の日程に合わせて行わなければならないが、地方移転により、これらについて適時の直接面談による対応は困難となるのであり、毎年のようにある所管法の制定・改正に対する対応が不十分になる恐れがある。

イ また、消費者庁は、食品事故等の重大事故発生時や緊急時には、緊急対策本部を速やかに開催し、官邸と連絡を取りながら関係省庁と連携して、情報収集・マスコミ対応等速やかな処置を行う役割がある。消費者庁設置法等が議論された国会においても、前年の中国産冷凍ぎょうざの毒物混入事件のような問題が発生した場合の対応について、消費者庁は、官邸と連携し、消費者行政の司令塔として、政府全体の調整を速やかに行うこととなる旨、繰り返し答弁されている。

2013年(平成25年)12月に起こった、冷凍食品から農薬(マラチオン)が検出され、事業者から自主回収すると発表がなされた事件では、消費者庁は、担当大臣が直接事業者と面談して情報提供の要請を行い、速やかに関係省庁の所定部署による消費者安全情報統括官会議を開催して情報の共有と被害拡大防止の対応に当たるなどの対応をとった。その他、震災後の生活物資確保のための物価担当会議の主催や鳥インフルエンザ対策の緊急会議への参集など、多数省庁と関係する緊急事態が発生する可能性は少なくない。緊急時、インターネットやテレビ会議などによる情報交換・情報発信では速やかかつ十分な対応ができるはずはなく、消費者庁が地方移転した場合、官邸・関係省庁との直接協議や連携が困難となり、消費者の安全につき深刻な事態を引き起こしかねない。

ウ 消費者庁は創設されて6年しか経過しておらず、各省庁と比較して圧倒的に規模が小さい点も考慮される必要がある。消費者庁は、縦割りで極めて大きな機能権限を持つ他省庁が所管する行政行為に対して、消費者目線で意見を述べ、ブレーキをかけたり修正を求める役割を担っているが、現在でも規模の小さい消費者庁が各省庁から隔絶された場所に移転してしまうと、各省庁に対する働きかけの力が更に大幅に低下してしまい、司令塔機能を果たすことができなくなることが危惧される。

(2)法執行について

消費者庁には、関係法令の周知や特定商取引法に基づく執行による業務適正化の役割もある。法執行は、消費者庁及び地方自治体に権限があるが、広域的被害に関する行政処分の多くは消費者庁が行っている。

行政処分には事業者からの事情聴取や立入調査等の事実調査が必要であるところ、事業者の多くが首都圏や大都市に集中していることから、地方移転すると、事実調査に多くの時間とコストがかかることが予想され、執行機能が阻害される可能性が高い。

(3)専門的人材確保の観点

さらに,消費者庁等の機能は,非常勤職員も含め様々な専門的人材によって支えられており,必要な専門家確保の面からも地方移転による弊害が大きい。

3 消費者委員会について

消費者委員会は、消費者行政全般に対する監視機能を有する独立した第三者機関として、消費者庁とともに設置されたものであり、消費者庁等からの諮問事項を審議する他、任意のテーマを自ら調査して消費者庁を含む他省庁に対する建議・提言・意見を行っている。建議等の監視機能の行使においては、他省庁や関連事業者、事業者団体からの事情聴取・協議による実情把握、消費者委員会の検討会等の場に関係省庁や事業者等を招へい、あるいは委員会側から赴いて説明するなどして、理解を得る努力をしつつ取りまとめを行っている。本年6月4日現在、19本の建議、12本の提言、54の意見書等が出されているが、ほとんどの建議等について対象省庁から何らかの対応が行われている。これは、上記のねばり強い説得・説明作業があってこそ得られた成果であり、地方移転により、同様の活動は困難となる懸念が強い。

また、消費者委員会は、現在非常勤の委員10名から構成されており、月1度程度の本委員会の他、新開発食品調査会、消費者契約法専門調査会、特定商取引法専門調査会、ワーキンググループなどの部会・専門調査会等が多数開催されているが、地方移転により、時間的制約等から委員及び専門調査会等の委員の確保自体が難しくなり、十分な活動が困難になる。

4 国民生活センターについて

国民生活センターは、全国の消費生活相談情報を集約・分析し、消費者庁や各省庁の消費者関係法制度の不備や見直しの問題提起を行う機能を担っている。また、相談情報を基に一般消費者や地方自治体に情報を発信したり、経由相談等の相談支援、商品テスト、研修、ADR等により消費生活センター・消費生活相談窓口支援の中核機関(センターオブセンターズ)としての機能を果たしている。地方移転により、専門的知見を有する相談員や、研修・ADR等につき専門家の確保が困難となるなどにより、これら機能が大幅に低下する恐れが高い。

2010年12月から2013年12月にかけて、国民生活センターを消費者庁と統合することが検討されたが、結論として、消費者庁及び消費者委員会、国民生活センターの三者の密接な連携、国民生活センターの在り方として、各機能の一体性確保と機能の維持・充実が必要であることが確認されているが、地方移転は確認事項にも逆行する。

特に、地方の消費生活センターの複雑・困難な事案の相談処理において、国民生活センターの「経由相談」は必要不可欠であるところ、消費生活相談員のほとんどは週3〜4日の非常勤であり、相談員が地方に転居して勤務を継続することはほとんど不可能であることから、専門的知見を有する相談員の確保が困難となり、全国の相談処理に大きなマイナスとなる。

5 政府関係機関移転基本方針の問題点

そもそも、有識者会議の考え方として「官邸と一体となり緊急対応を行う等の政府の危機管理業務を担う機関」や「中央省庁と日常的に一体として業務を行う機関(中央省庁そのものの移転と一体の提案を除く)に係る提案」、「現在地から移転した場合に機能の維持が極めて困難となる提案」は移転の検討対象とはしない方向が示されていたものであり、消費者庁等はこの考え方に照らしても対象から除外されるべきであった。

すなわち、中央官庁については、「国の機関として機能の維持・向上が期待できるか」(地方移転によって、現在と同等以上の機能の発揮が期待できるか)、「危機管理等官邸をはじめ関係機関との連携や国会対応に支障が生じないか」が検討の基本的視点とされている。また、基本方針では,観光庁については,政府全体の司令塔としての機能を重視し、中小企業庁についても,他省庁が所管する業界を横断する業務を理由に、気象庁については,政府として危機管理体制の実施に不可欠であるとして、特許庁は,人材確保の必要上、いずれも移転対象から外している。一方,消費者庁は,基本方針でも示されているとおり,「食品等に関する危機管理業務や大臣庁として国会対応業務のほか,関係府省間における消費者行政の司令塔としての機能を期待されている」とされながら、移転対象として継続検討とされた。今回,観光庁等4つの機関が移転の検討対象から外されることとなった理由は,消費者庁等にも当てはまると言えるのであり,消費者庁等についても移転対象から外すべきである。

また、基本方針は,施策・事業の執行業務やそれと密接不可分な企画立案業務は,できる限り「現場」に移すという考え方に基づいている。しかし,消費者問題は,事業者も消費者も多数を占める首都圏で多く発生しており,事業者に対する立入調査や事情聴取などの対応や行政措置は首都圏で多く実施されている。消費者問題においては首都圏が重要な「現場」であることから、基本方針の考え方によっても地方移転が適当と判断されるべきではない。

さらに、基本方針においては「ICTの活用等による試行等を行い、移転に向けて8月末までに結論を得ることを目指す」とされている。しかし、本年3月に実施された徳島県へのお試し移転の際に、テレビ会議などで東京にいる職員との打ち合わせや有識者会議への出席を試みた板東久美子長官は、大人数の会議では出席者の反応が把握できない、重大事故が起きた時の危機管理対応は難しい、国会提出中の法案は直接対面しないと説明できない、悪質商法などの取り締まりは秘密保持が重要でテレワークにはなじまないなどの問題を列挙し、「(テレビ会議などは)業務のメインとして使っていくことは難しいのではないか。補完的な役割が強い。」などと話している。このことからすれば、ICTの活用によっても消費者庁の司令塔としての機能を維持することが困難なことは明らかである。

6 地方消費者行政に及ぼす影響について

国民本位の消費者行政実現のためには地方消費者行政の充実強化が不可欠である。このことは、2008年(平成20年)6月「消費者行政推進基本計画」において「霞ヶ関に立派な新組織ができるだけでは何の意味もなく、地域の現場で消費者、国民本位の行政が行われることにつながるような制度設計をしていく必要がある。・・・地方の消費者行政の抜本的な強化を図ることが必要である」旨確認されており、これまで地方消費者行政活性化基金、消費者安全法制定・改正など、様々な地方の充実強化策が実施され、今後も育成・支援の継続が必要である。

消費者庁は、地域の現場で消費者被害の防止等に当たる地方自治体の消費者行政を法制度の整備や財政措置等によって支援する役割を担っており、国民生活センターも、地方の相談現場支援に欠くべからざる存在である。

しかるに、消費者庁及び国民生活センターの地方移転によって地方に対する支援機能が低下することにより、未だ育成途上にある地方消費者行政全体が後退してしまう恐れが大きいのであり、地方の立場からみても、地方移転による悪影響が危惧される。

7 むすび

消費者庁等が、その機能を果たすためには、担当大臣、各省庁及び国会と同一地域に存在することが不可欠であり、また、多くの事業者が集中する現在地においてこそ効率的な活動が行えるものである。地方に移転した場合は、消費者庁等の本来の機能が大きく低下してしまうことが避けられず、ひいては、我が国の消費者行政全体の機能の後退につながりかねない。

以上のような理由により、当連合会は、関連各省庁等が中央に存する現状においては、消費者庁等の地方移転に反対し、速やかに地方移転の対象から外すよう強く要求する。