仙台高等裁判所・仙台簡易裁判所判事の岡口基一裁判官(以下「岡口裁判官」という。)は、性犯罪についてSNS・記者会見・ブログ・週刊誌のインタビューで発言したこと、犬の返還を求める訴訟についてSNS及びブログで発言したことを理由として、2021(令和3)年6月に裁判官弾劾裁判所に訴追され、現在、同裁判所での審理が進められている。一方、岡口裁判官は、同年7月、同裁判所から、裁判官弾劾法(以下「法」という。)39条により、職務停止決定が出され、現在まで2年以上も裁判官としての職務が停止されている。
憲法は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(76条3項)と定め、裁判官の職権行使の独立を明記するとともに、「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない」(78条前段)として裁判官の身分を強く保障している。これは、司法による権利救済・人権擁護が他の権力からの影響を受けずに行うことができるためは、「司法の独立」を制度的に保障し、憲法の根本原理である三権分立を具体化し、もって、国民の人権保障を全うするためとされている。
これを受けて裁判官弾劾法も、罷免事由を「その他職務の内外を問わず裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき」(法2条2号)と定め、懲戒事由としての「品位を辱める行状」(裁判所法49条)と比較しても、罷免事由を極めて限定している。
裁判官の罷免事由が厳しく限定されているのは、司法権とは別の国家機関である国会議員の裁判員によることから、弾劾裁判が安易に行われれば、司法権の独立を犯しかねないからである。また、罷免が裁判官から法曹資格すら失わせる重大な効力を有するからでもある。このため、過去に弾劾裁判所に訴追された9件のうち罷免の判決がされた7件は、収賄や公務員職権濫用、児童買春、ストーカー行為、盗撮等の犯罪行為に該当する事案であり、いずれも犯罪行為又はそれに匹敵する著しい不正行為に及んだものばかりで、司法権の独立、裁判官の身分保障への懸念もない事案であった。
これに対して、本件訴追は、本件投稿等、岡口裁判官の私的な表現行為を理由とするもので、過去の罷免事例とは著しく事案を異にしている。
表現の自由は、何人にも保障される重要な人権であり(憲法21条1項)、その保障は裁判官にも及び、裁判官も一市民として表現の自由を有する。仮に、裁判官の表現行為を理由に罷免の裁判がなされた場合には、裁判官の一市民としての表現活動に強い萎縮効果をもたらすほか、裁判官の身分保障(憲法78条)、ひいては裁判官の独立(憲法76条3項)に対する重大な脅威となり、三権分立のバランスを崩す契機となりかねない。したがって、表現行為を理由に罷免という重大な結果をもたらすには、それに見合うだけの重大な違法性が存在しなければならない。
確かに、本件訴追の対象となる投稿等の中には、被害者遺族の感情を傷つけるなど不適切と評価されうる内容もある。また、この投稿の一部については、遺族からの損害賠償請求訴訟の一審判決において、「(遺族に対する)侮辱的表現であって、原告らの名誉感情をその受任限度を超えて侵害するもの」と認定され、慰謝料請求が認められてもいる。このため、岡口裁判官のこれらの行為について、懲戒事由としての「品位を辱める行状」(裁判所法49条)に該当するとも考えられる。しかし、これらの行為が、過去に罷免されたような、犯罪行為又はそれに匹敵する著しい不正行為に該当するとは認められない。したがって、裁判官の職を失わせ、法曹資格さえも失わせるほど重大な非違行為である「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当するとは言えないものである。
よって、当連合会は、本件訴追が、司法権の独立と表現の自由の保障など、憲法上極めて重大な問題を有していることから、現在、弾劾裁判の審理をしている裁判官弾劾裁判所に対し、慎重な審理を行い、罷免事由を厳格に解釈して、岡口裁判官を罷免しないとする裁判をされるよう求める。
2023年(令和5年)9月9日 東北弁護士会連合会 会 長 虻 川 高 範
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