被災者生活再建支援金申請について適切な運用を求める会長声明
2023(令和5)年7月14日からの大雨により、秋田県内各地で住家への浸水等の被害が発生した。2024(令和6)年8月2日現在の住家被害は全壊11棟、半壊2921棟、一部損壊29棟、床上浸水719棟、床下浸水3695棟に上っている(同日、秋田県総務部総合防災課発表)。かかる被害を踏まえ、秋田県は、秋田市、能代市及び五城目町に対し、いわゆる被災者生活再建支援法を適用した。
この被災者生活再建支援法の適用により、被災者は住家被害認定に応じ生活再建支援金を受給することができるところ、同一住家に複数世帯が存在する場合については、従前、内閣府及び同支援金を支給する公益財団法人都道府県センター(以下「都道府県センター」という。)の運用では、原則として、世帯ごとに同支援金を受給できるとしてきた。
ところが、当初、秋田県は、同一住家に複数世帯が存在する場合に、生計が別世帯であることが証明されない限り、生活再建支援金の支給は1世帯分に限るとの従前と異なる運用を行った。その後、内閣府及び都道府県センターから指摘を受けた秋田県は、2024(令和6)年2月に至り、生計が別世帯であることの証明を待つまでもなく、世帯ごとの生活再建支援金の申請を認める運用に是正し、改めて、未申請の世帯に対し、申請を促す対応を開始した。
ただし、かかる対応において、都道府県センターの指導のもと、未申請世帯が申請をして生活再建支援金を受給できる条件として、すでに申請をした世帯において過払いとなってしまった部分を返還することとし、かかる返還がなされない限りは、未申請世帯への支給は認めない、という対応をする事態となっている。
そのため、被災者の中には、すでに生活再建支援金を受給し、生活再建等に費消してしまったため、今更過払い部分の返還をすることが困難となり、未申請世帯が同支援金を受給できない、という事例が生じている。
秋田県においても、かかる事態に対応すべく、未申請世帯がいったん生活再建支援金の申請をし、受給後に、その金員から受給済み世帯の過払い部分を返還するような柔軟な運用を模索したものの、内閣府や都道府県センターの見解では、あくまで受給済み世帯からの過払い部分の返還が先決であるとして、上記柔軟な運用はとることが困難な状況に陥っている。
しかしながら、上記の経緯や、被災者の生活再建を目的とする生活再建支援金の趣旨からすれば、内閣府や都道府県センターの見解に基づく前記硬直的な運用は是正されなければならない。
すなわち、2024(令和6)年2月に至って秋田県が運用を是正した経緯において、被災者には何ら落ち度はない。同一住家の複数世帯においては、原則として世帯ごとの生活再建支援金の申請・受給ができるのであるから、未申請世帯による申請・受給に際し、受給済み世帯の過払い部分の返還が紐付けられることは不当というほかない。当初から適正な運用がなされていれば、本来は負わなくて良かったはずの負担を被災者に強い、その結果、現在の災害法制における数少ない公的支援制度の利用を事実上断念させることは、「生活の再建を支援し、もって住民の生活の安定と被災地の速やかな復興に資することを目的」(被災者生活再建支援法第1条)とする被災者生活再建支援法の趣旨に適った運用とは言い難い。
また、都道府県から生活再建支援金の支給業務の委託を受けている都道府県センターは、被災者生活再建支援法第11条1項に定める業務規程に基づき、速やかに、被災者に生活再建支援金を支給する職責を負う。都道府県センターが、都道府県から柔軟な対応の要請がされた際には、これに対応することも求められているというべきである。仮に、被災者に既払金の一部を返金させなければ、当初申請していなかった世帯による支援金の申請ができない業務規程上の障壁が存するのであれば、かかる障壁は不合理というほかなく、内閣総理大臣はかかる障壁を是正する職責がある(被災者生活再建支援法第16条)。
以上から、当連合会は、秋田県、都道府県センター及び内閣総理大臣に対し、受給済み世帯への生活再建支援金の過払い部分の返還を条件とすることなく、未申請世帯による生活再建支援金の申請を受け付け支給するよう、適切な運用を求める。
2024(令和6)年9月30日
東 北 弁 護 士 会 連 合 会
会 長 竹 本 真 紀
「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、その確定を求め、改めて再審法の速やかな改正を求める会長声明
2024(令和6)年9月26日、静岡地方裁判所は、いわゆる「袴田事件」について、袴田巖氏(以下、「袴田氏」という。)に対し、再審無罪判決を言い渡した。
本件は、1966年(昭和41)年6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、袴田氏が同事件の被疑者として逮捕・起訴され、1980(昭和55)年12月12日に袴田氏に対する死刑判決が確定した。しかし、袴田氏は当初より一貫して無実を訴えており、二度にわたる再審請求を経て再審公判が開かれ、本年9月26日、再審無罪判決が言い渡されたものである。
この判決は、袴田氏の名誉を回復するものとして評価できる。
袴田氏は、2014(平成26)年3月27日静岡地方裁判所が再審開始とともに死刑及び拘置の執行停止を決定したことにより釈放されたものの、1980(昭和55)年11月19日に上告審で上告が棄却されて以来、40年以上にわたり死刑囚として生きることを強いられてきた。そのため、袴田氏には現在も拘禁反応の症状が見られるなど、今なお心身に不調を来している。
袴田氏は、まさに人生の大半を自己のえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったのであり、その苦痛は計り知れない。
そこで、当連合会は、検察官に対し、過日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させるよう強く求める。
また、「袴田事件」は、死刑事件であってもえん罪が起こり得る可能性があることを如実に示している。
日本では、死刑判決が確定した後、再審によって無罪判決が出された事件が過去に4件あり(免田事件、財田川事件、松山事件(宮城県で発生)、島田事件)、「袴田事件」の無罪判決が確定すれば5件目となる。死刑は、人の生命を奪う不可逆的な刑罰であって、死刑判決がえん罪であった場合、これが執行されてしまうと取り返しがつかない。「袴田事件」は、その危険性に警鐘を鳴らすものである。
「袴田事件」により、現行刑事訴訟法における再審に関する定め(再審法)の不備が改めて明らかになった。再審手続が長期化し、えん罪被害者の救済が遅々として進まないことの原因は、各事件固有の事情にあるものではなく、現在の再審制度が抱える制度的・構造的問題にあるというべきである。
すなわち、第一に、証拠開示制度が不備であることである。「袴田事件」では再審段階で約600点もの証拠が新たに検察側から開示され、それらが再審開始及び再審無罪の判断に大きく影響を与えているが、これらの証拠が開示されたのは、最初の再審請求から約30年もの時間が経ってからのことである。これほどまでに時間を要した原因は、現行法に証拠開示のルール(再審における証拠開示の制度)が設けられていないことにある。再審請求手続において十分な証拠開示制度を整備することが急務である。
第二に、検察官による不服申立が許容されていることである。「袴田事件」では2014(平成26)年3月27日に再審開始決定がなされたが、再審公判が開かれるまでにはさらに10年以上もの期間を要した。その原因は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることにある。しかも、「5点の衣類」の問題をはじめとする数多くの論点については、極めて長期間に及んだ再審請求審において主張・立証が尽くされ、既に数次にわたる裁判所の判断も経ている。にもかかわらず、検察官は、再審公判においても、同様の論点を蒸し返した上で改めて有罪立証を行い、死刑を求刑しており、このことも手続が長期化した原因となっている。職権主義的審理構造のもとで、利益再審のみを認め、再審制度の目的をえん罪被害者の救済に純化した現行の再審請求手続においては、検察官は有罪立証をする当事者ではなく、「公益の代表者」として裁判所の審理に協力する立場に過ぎないのであるから、検察官に不服申立権を認める必要はない。
第三に、現行刑事訴訟法に再審請求審の手続規定、とりわけ手続の進行に関する明文の規定がないことである。「袴田事件」では、再審公判が開かれるまでに二度にわたる再審請求を経ているが、第1次再審請求は約27年間もの長期に及び、第2次再審請求も約15年もの期間を要している。その原因は、現在の再審法に再審請求審の手続をどのように進めるかという再審請求手続における手続規定が定められていないことにある。手続規定の整備は必須である。
このような問題は他の再審事件でも同様に見られるのであって、まさに制度的・構造的な問題である。「袴田事件」のような悲劇を今後二度と繰り返さないためにも、再審法は速やかに改正されなければならない。
この点、当連合会は、2024(令和6)年7月5日開催の定期弁護士大会において、「再審法の速やかな改正を求める決議」を採択しているところであるが、今回の「袴田事件」再審無罪判決を機に、改めて、国に対し、①再審請求手続における証拠開示の制度化、②再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、③再審請求手続規定の整備を含む、再審手続に関する刑事訴訟法の各規定の適切かつ速やかな改正を求めるものである。
2024(令和6)年9月30日 東 北 弁 護 士 会 連 合 会
会 長 竹 本 真 紀
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