1 わが国では,弁護人が取調べに立会うことが認められておらず,完全な密室状態で取調べが行われている。密室の中では,違法・不当な取調べが行われ,虚偽の自白が強要され,その虚偽の自白を元に,松山事件を含む四大死刑再審無罪事件等の多くの冤罪事件が生み出されてきた。そして,最近でも,氷見事件(富山県),志布志事件(鹿児島県),北方事件(佐賀県)のように,密室での取調べの違法性・不当性が指摘されて,無罪判決が出されているのである。
 このような冤罪を生み出す温床となっている違法・不当な取調べを防止するには,人質司法の改革,「代用監獄」の廃止とともに,取調べの可視化(取調べの全過程の録画)が不可欠である。

2 ところで,最高検察庁は,本年2月に,「取調べの録音・録画の試行についての検証結果」を公表した。これは,最高検察庁が定めた「取調べの録音・録画の本格試行指針」に基づき,裁判員対象事件について実施した検察官取調べの一部録画の試行の結果を検証したものである。その概要は,一部録画が被疑者供述の任意性の立証において有用な証拠となり得るとする一方で,録音・録画が取調べの真相解明機能に影響を及ぼすことがあるというものであり,その検証の結論としては,取調べの録音・録画については,取調べの機能を損なわない範囲内での一部録音・録画にとどめようというものである。 しかし,その結論は,密室取調べの弊害に対する配慮を全く欠いたものであり,結局密室取調べを温存しようとするものであって,到底容認することはできない。そもそも,検察庁の実施した一部録音・録画は,被疑者等が自白をした事件について,自白調書作成後に署名押印する場面など,取調べの一部を対象としたものにすぎない。自白の任意性・信用性を正しく判断するためには,取調べの全過程の状況を踏まえることが当然であり,これは取調べ過程の検証としての名に値しないものである。取調べの一部録音・録画では,自白の任意性・信用性の判断を誤らせる危険性をはらむものである。 現に,再審無罪となった松山事件においては,虚偽自白を内容とする供述調書を被疑者に朗読させ,その状況を録音したテープや16ミリフィルムが作成されて,それが証拠となって,虚偽自白の任意性・信用性が認められたのである。

3 また,本年5月21日から実施される予定の裁判員裁判においては,裁判員が,被告人の自白の任意性・信用性を判断することになるが,その判断を具体的・客観的,かつ容易に行うためには,取調べの可視化(取調べの全過程の録画)が最も有用な制度である。

4 密室での取調べの弊害に対する反省から,既に,欧米を初め,アジアにおいても香港,韓国,台湾などで,取調べの全過程の録画や弁護人の立会いが行われている。我が国でも,昨年6月には,参議院本会議において,取調べの可視化等を主な内容とする刑事訴訟法改正案が可決され,少なくない地方自治体が取調べの可視化を求める意見書等を採択するなど,取調べの可視化(取調べの全過程の録画)を求める国民世論は大きくなっている。また、昨日、参議院に対して取調べの全過程を録画する内容の法案が提出され、これから審議される予定となっている。

5 よって,当連合会は,国に対して,取調べの可視化(取調べの全過程の録画)を義務付ける法制度の整備を求めるとともに,検察庁・警察庁が,進んで取調べの可視化(取調べの全過程の録画)を実施することを強く求めるものである。

2009年(平成21)年4月4日
東北弁護士会連合会 会長 浅野孝雄