政府は、本年5月15日、自衛隊法、武力攻撃事態対処法、周辺事態法、国連平和維持活動協力法等を改正する平和安全法制整備法案(以下「整備法案」という。)、及び新規立法である国際平和支援法案(以下「支援法案」という。)(以下両法案を併せて「本法案」という。)を国会に提出した。本法案は、昨年7月1日の集団的自衛権行使容認の閣議決定及び本年4月27日に改定された日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)の具体化立法である。
しかし、以下に述べるとおり、本法案は、平和的生存権を保障するとともに、戦争や武力の行使等を放棄し、戦力不保持、交戦権の否認を明記した徹底した恒久平和主義(憲法前文、第9条)に反し、また立憲主義及び国民主権にも反する憲法違反の法案である。
第一に、集団的自衛権行使にかかわる問題である。整備法案は、武力攻撃事態対処法及び自衛隊法の改正事項として、「存立危機事態」(我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態)における武力行使、すなわち集団的自衛権の行使を認めている。しかし、これは我が国に対する急迫不正の侵害がなくても武力行使を認めるというものであり、我が国に対する武力攻撃が発生した場合にこれを排除するための自衛力、すなわち「自衛のための必要最小限度の実力」を超え、憲法第9条に反する。また、存立危機事態に該当するか否かの具体的な判断基準はなく、特定秘密保護法の下では政府の判断の正確性を検討・判断するために必要な情報が国民や国会に提供されないおそれがあることを考慮すると、当該事態の定義上の要件が歯止めとして機能するのかは疑わしく、政府の恣意的な判断で憲法違反の集団的自衛権が行使されるおそれがある。
第二に、後方支援にかかわる問題である。整備法案は、周辺事態法の改正事項として、それまでの「我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(周辺事態)を「我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(重要影響事態)に変更し、自衛隊が地理的限定なく後方支援活動を行えるようにしている。また、支援法案は、我が国の平和と安全への影響がなくても、国際社会の平和と安全を脅かす「国際平和共同対処事態」が発生し、当該事態に関連した国連の決議があれば、自衛隊が地理的限定なく後方支援活動を行うことを可能としている。
さらに、本法案では、従来イラク特措法で「非戦闘地域」のみで許容されていた後方支援活動の範囲を広げ、現に戦闘行為が行われている現場でなければ戦闘地域内であっても後方支援活動を可能としているほか、後方支援活動の内容についても、弾薬の提供並びに戦闘作戦行動のために発進準備中の米軍等の航空機に対する給油及び整備といったこれまで認められていなかった活動まで可能としている。
しかし、これでは、海外における自衛隊と他国軍隊との武力行使の一体化は避けられず、「自衛のための必要最小限度の実力」を超えるものであり、憲法第9条に違反する。
第三に、海外における平和維持活動にかかわる武器使用権限の拡大である。整備法案は、国連平和維持活動協力法の改正事項として、これまでの国連平和維持活動(PKO)のほかに、国連が統括しない有志連合等の「国際連携平和安全活動」にまで自衛隊の業務範囲を拡大している。また、従来PKOにおいて禁止されてきた「安全確保業務」や「駆け付け警護」を行うこと、及びそれに伴う武器使用を認めている。しかし、これらの武器使用は、「武力の行使」と区別して許容される根拠とされてきた「自己保存のため」という限度を超えるものであり、現場の判断により戦闘行為、すなわち憲法の禁じている武力の行使となる危険性を高めるものである。これは、自衛隊に武力の行使を事実上認めることにつながるおそれがあり、恒久平和主義に反する。
第四に、武力攻撃に至らない侵害に対する自衛隊の武器使用権限の拡大である。整備法案は、自衛隊法の改正事項として、新たに自衛隊の任務と認められた在外邦人救出等の活動における武器使用や米国軍隊等の武器等の防護のための武器使用を認めている。しかし、これらの武器使用も、前記第三と同様、「自己保存のため」という限度を超え、戦闘行為、すなわち憲法の禁じている武力の行使となる危険性を高めるものであり、恒久平和主義に反する。
以上のとおり、本法案は、憲法前文や憲法第9条に示された徹底した恒久平和主義に反し、平和国家としての我が国の在り方を根底から覆すものである。また、これらの憲法の条項を法律で改変する点で立憲主義の基本理念に真っ向から反する。さらに、憲法改正手続(憲法第96条)を踏むことなく憲法の実質的改正をしようとする点で国民主権(憲法前文、第1条)の基本原理にも反する。
よって、当連合会は、憲法違反の本法案の国会提出に抗議するとともに、本法案の廃案を強く求める。
以上のとおり決議する。
2015年(平成27年)7月3日
東北弁護士会連合会
提 案 理 由
第1 安保法制改定案の概要
1 はじめに
政府は、本年5月14日、我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案(以下、「整備法案」という)及び国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案(以下、「支援法案」という)を閣議決定し、(以下、両法案を総称して、「本法案」という)、翌15日国会に提出した。前者は、自衛隊法、武力攻撃事態法、周辺事態法、国連平和維持活動協力法など10件の防衛関係法律を改正するものである。
後者は、いわゆる自衛隊海外派遣恒久法案である。
これらは、基本的に、昨年7月1日の「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全法制の整備について」と題する閣議決定(以下、「7・1閣議決定」という。)を実施するための法律案であるが、中には閣議決定にない事項を立法化しようとする部分もある。また、本年4月27日に日米安全保障協議委員会(2+2)で合意された新たな日米防衛協定のための指針(新ガイドライン)を実施するための国内法としての性格を併せ持つ。
しかしながら、そもそも7・1閣議決定や新ガイドライン自体、これまで積み重ねられてきた「集団的自衛権行使は憲法違反」という政府解釈や、日米安保条約の枠内(活動領域、役割等)での米軍支援という制約を、国会での審議や国民的議論を経ないまま一内閣の一存で覆すものであった。本法案は、この延長線上にあり、平和的生存権を保障するとともに、戦争や武力の行使等を放棄し、戦力不保持、交戦権の否認を明記した徹底した恒久平和主義(憲法前文、第9条)に反する。と同時に、本法案は、憲法第96条に定める憲法改正手続を潜脱して、事実上憲法第9条を改変するに等しく、憲法を最高法規と定め(憲法第10章)、憲法に違反する法律や政府の行為を無効とし(憲法第98条)、国務大臣や国会議員に憲法尊重擁護義務を課すことにより(憲法第99条)、国家権力を担う政府や立法府を憲法による制約の下に置くとした立憲主義に反するとともに、主権が国民に存することとした国民主権にも反する。
2 本法案の概要
これらの法案の内容は大きく次の5つに分けられる。
(1)存立危機事態への対応法制の整備
自衛隊法、武力攻撃事態対処法その他の有事関連法制を改正し、我が国に対する武力攻撃がなくても、我が国と密接な関連にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによって我が国の存立が脅かされる等の事態(「存立危機事態」)に対し、集団的自衛権の行使を可能とし、それに関連する手続きや体制等を整備し、また、それらに際して米軍その他の外国軍隊のためにその行動を支援し、強制的な船舶検査活動を行う等の有事関連法制を整備する。
(2)周辺事態法の重要影響事態法への改正
従来、「我が国周辺地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(周辺事態)に対応する米軍の後方地域支援等を行うものであった周辺事態法を改正し、地域の限定をなくし、また米軍に限らず、「我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態(「重要影響事態」)」に対応する外国軍隊に対し、自衛隊が後方支援活動等を行うこととするもので、「現に戦闘行為が行われている現場」以外の場所ならば自衛隊の後方支援活動を可能とする。関連して、これまで我が国周辺での船舶検査活動を規定していた周辺事態船舶検査活動法を、地域の限定のない船舶検査活動法へと改正する。
(3)国際平和支援法(自衛隊海外派遣恒久法)の制定
これまでは、海外での武力紛争に対して自衛隊が支援活動を行おうとする場合、旧テロ対策特措法、旧イラク特措法等、その都度個別立法で対処してきた。支援法案では、いつでも自衛隊を派遣出来るようにしようとする新規立法で、国際社会の平和と安全を脅かす事態で我が国が国際社会の一員として寄与すべきもの(「国際平和共同対処事態」)について、自衛隊が協力支援活動等を行うこととする。(2)と同じく、自衛隊派遣の地理的限定はなく、その活動は、「現に戦闘行為が行われている現場」以外の場所なら可能とし、船舶検査活動法も適用される。
(4)国連平和維持活動協力法(PKO協力法)の改正
これまでは、基本的に国連平和維持活動(国連PKO)への協力のための法律であった。それを、国連PKOで実施できる業務を拡大すると同時に、国連が統括しない有志連合等の「国際連携平和安全活動」へと活動範囲を広げ、かつ、両方の活動において住民等の安全確保活動と「駆け付け警護」を認め、その場合に任務遂行のための武器使用を可能とする。
(5)在外邦人救出、外国軍隊の武器等防護等
自衛隊法に新たに在外邦人の救出等の規定を設け、ここでも任務遂行のための武器使用を可能とする。また、いわゆるグレーゾーン事態への対処として、「我が国の防衛に資する活動」を行う米軍その他外国軍隊の武器等防護のための武器使用を可能とする規定を自衛隊法に新設する。
3 当連合会の意見
当連合会は7・1閣議決定に対し、昨年7月4日に「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に強く抗議しその即時撤回を求める決議」を出した。
同決議で詳細に述べたとおり、そもそも7・1閣議決定は解釈によって実質的に憲法改正を行うものであり、憲法第98条、同第99条に反し、憲法第96条の潜脱であり到底許されるものではなく、憲法の立憲主義に反するものであるところ、その憲法違反の閣議決定を実現するための本法案は、憲法前文及び第9条の恒久平和主義や立憲主義に反するとともに、憲法改正手続によらずに実質的に憲法を改変してしまう点で国民主権に違反するものである。
当連合会は、このような本法案の違憲性を改めて強調するものである。
第2 「存立危機事態」(集団的自衛権)の違憲性・問題点
1 本法案における「存立危機事態」にかかる主な改正点
(1)現行の「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(略称:武力攻撃事態対処法)について、その名称を、「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(略称:事態対処法)と変更し、名称に「存立危機事態」の文言を追加している。
(2)事態対処法の第1条記載の「目的」に「存立危機事態」への対処を追加している。
(3)同法第2条第4項で「存立危機事態」の定義を「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態を言う」としている。
(4)同条第8項で「存立危機事態」への対処措置として自衛隊の武力の行使を明記している。
これらの法改正は、7・1閣議決定の内容を受け、実際に集団的自衛権の行使を行うためのものである。
(5)また、その他に以下の法改正を内容としている。すなわち、①自衛隊法を改正し、存立危機事態に対処する自衛隊の任務としての位置づけ、行動、権限等を規定している(第3条、第76条)。②米軍等行動関連措置法を改正し、武力攻撃事態等に対処する米軍に対する場合のほか、武力攻撃事態等における米軍以外の外国軍隊及び存立危機事態における米軍その他の外国軍隊に対する支援活動を追加している(第1条、第2条)。③特定公共施設利用法を改正し、武力攻撃事態等における米軍以外の外国軍隊の行動を特定公共施設等の利用調整対象に追加している(第1条、第2条)。④海上輸送規制法を改正し、存立危機事態における海上輸送規制の実施を規定している(第4条、第16条)。⑤捕虜取扱い法を改正し、存立危機事態における捕虜取扱の適用を規定している(第1条)。
2 違憲性・問題点
(1)集団的自衛権の行使は第9条及び前文の恒久平和主義違反
ア 日本国憲法の恒久平和主義
日本国憲法は、国民主権、基本的人権の尊重と並び、恒久平和主義をその基本原理のひとつとしている。
憲法前文は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないようにする」との決意の下、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」している。また、憲法第9条は、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使を国際紛争を解決する手段としては永久に放棄し(憲法第9条第1項)、陸海空軍その他の戦力を保持せず、国の交戦権を否認する(憲法第9条第2項)という徹底した恒久平和主義を採用している。平和なくして基本的人権が尊重・擁護されることはなく、戦争が最大の人権侵害であることに照らせば、恒久平和主義を採用した憲法が、戦後日本の平和と民主主義、人権と福祉のために果たした役割は極めて大きいというべきである。
イ 従来の集団的自衛権否定の政府見解
政府は、上記の徹底した恒久平和主義という日本国憲法の統治原理のもとに、政策や憲法解釈をすべき憲法上の義務を負っている。
その政府は、従来から、憲法第9条が戦争放棄(第1項)、戦力の不保持と交戦権の否認(第2項)を規定していることを前提として、憲法第9条の下で許容される自衛権の発動については、①我が国に対する急迫不正の侵害(武力攻撃)が存在すること、②この攻撃を排除するため、他の適当な手段がないこと、③自衛権行使の方法が、必要最小限の実力行使にとどまること、の3要件に該当する場合に限定してきた。そして、かかる解釈の下、外部からの武力攻撃によって日本国民の生命や身体が危険にさらされているという事態がない状態で発動される「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力を持って阻止する権利」である集団的自衛権の行使は、国民の生命等が危険に直面している状況下で実力を行使する場合とは異なり、憲法の中に我が国として実力を行使することが許されるとする根拠を見いだし難いとして、その行使は憲法上許されないとしてきた。
こうした政府見解と憲法解釈は戦後、政府が一貫して維持してきていたものであり、自衛隊の活動に対する歯止めとなっていた。
ウ 集団的自衛権行使の問題点
ところが、政府は、昨年、7・1閣議決定により、上記の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認するに至った。そして、7・1閣議決定を受け、本法案中の事態対処法において、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」を「存立危機事態」と定義し、「存立危機事態」への対処措置として自衛隊が武力の行使を行うこと、すなわち集団的自衛権の行使を容認することを規定している。
しかし、そもそも、現に我が国に対する攻撃が何ら行われていないにもかかわらず、実際に我が国の存立が脅かされ、国民の生命や権利が根底から覆される明白な危険が存在すると言えるような状況が、現実的にあり得るのかどうか、すなわち「存立危機事態」などというような概念が本当に成り立ち得るのかということについては極めて疑問がある。
そして、現に我が国に対する武力攻撃が行われていないにもかかわらず、「我が国と密接な関係がある他国」「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」といった不明確な概念で武力の行使を容認することは明らかに「自衛のための必要最小限度の実力」の範囲を逸脱するものであり、海外での武力行使について憲法上の歯止めが効かなくなるおそれがある。
事実、政府は「我が国と密接な関係がある他国」の判断基準について、「個別具体的な状況に即して総合的に判断」としているのみであり(政府想定問答の問3)、基準は極めて不明確であると言わざるを得ない。
また、安倍首相は、ホルムズ海峡が機雷封鎖されれば、我が国に深刻なエネルギー危機が発生するとして、経済的な要因でも「存立危機事態」に当てはまる場合があるとしている(2015年2月16日衆院本会議、同年5月27日衆院平和安全法制特別委員会、同月28日衆院予算委員会答弁)。しかし、経済的要因や経済的状況の判断は多義的なものであり、「国民の権利が根底から覆される」という状況を誰がどう判断するのか、客観的な基準は見出し得ない。
さらに、これまでの政府の憲法第9条の解釈においては、自衛隊による実力の行使は、我が国を防衛するための受動的なものであって、原則として我が国の領土・領海・領空とその周辺に限られるとしてきた。しかし、集団的自衛権の行使は、他国の戦争に参加するものであるため、地理的な限定はなく、上記ホルムズ海峡の例からいっても、全地球的に活動範囲が広がることとなる。
エ 集団的自衛権の行使は第9条及び前文の恒久平和主義違反である
上記のように、集団的自衛権の行使を容認すると、自衛隊が武力を行使する場合は、事例的にも地理的にも際限なく広がるおそれがある。自国に対する武力攻撃が現に発生していないにもかかわらず、自衛隊が他国への武力攻撃に対して際限なく海外で武力の行使をする存在になれば、憲法第9条第2項が保持を禁じている「戦力」に該当することを否定できず、同項が否認している「交戦権」の行使を行うこととなる。これは、戦争をしない平和国家としての我が国のあり方を根本から変えてしまうこととなり、憲法第9条及び前文の恒久平和主義に真っ向から違反する。
(2)閣議決定及び法制による集団的自衛権の行使容認は立憲主義違反
従来の政府は、憲法解釈の変更により集団的自衛権の行使を認められるかについては、「憲法改正という手段をとらざるを得ない」「憲法を頂点とする法秩序の維持という観点から見ても問題がある」等として一貫して慎重かつ否定的な姿勢を貫いてきた。
上記で述べてきたとおり、集団的自衛権の行使容認は、徹底した恒久平和主義という原理の根本的な転換なのであるから、憲法改正の手続によらなければならない。
しかし、現在の政府は、前述の通り、7・1閣議決定によって憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認した。これは、一政府の判断で憲法解釈を変更し、実質的に憲法改正を行うものであり、厳格な憲法改正手続を定めた第96条を潜脱するものである。
さらには、政府は整備法案中の事態対処法において、集団的自衛権の行使容認を規定した。これは、法律によって憲法の内実を根本から変更してしまおうというものであり、憲法を最高法規と定め(第10章)、憲法に違反する法律や政府の行為を無効とし(第98条)、国務大臣や国会議員に憲法尊重擁護義務を課することで(第99条)政府や立法府を憲法による制約の下に置こうとした立憲主義に違反するものであり、到底許されない。
(3)国会の承認は歯止めにならない
集団的自衛権行使には国会の事前承認が原則とされている(自衛隊法第76条第1項の改正案、事態対処法案第9条第4項)。
しかし、そもそも、上記で述べてきたように、集団的自衛権の行使は国の最高法規たる憲法に違反しているのであり、国会承認を行使の要件として規定したところで、憲法違反が治癒されるわけではない。
また、国会の事前承認の要件が、集団的自衛権行使の歯止めになるかということについても極めて疑わしい。すなわち、「存立危機事態」に該当するか否かの判断は、政府が行うところ、国会の審議が十分な時間と資料に基づいてなされる手続的保障はなく、むしろ特定秘密保護法の下では、「存立危機事態」か否かを判断する情報は特定秘密に指定される可能性が高く、国会においては情報が非開示のままで承認が求められることになる。国会承認により、民主的統制が担保されているとは言えない。さらには、特に緊急な場合には国会の事後承認で足りるとされており、特に緊急な場合であるか否かの判断はやはり政府が行うのであるから、この場合には政府の判断だけで海外での武力行使がなされうることになり、この点からしても、国会による歯止めが十分であるとは到底言えない。
3 小括
以上、「存立危機事態」における集団的自衛権の行使を容認する事態対処法の改正及びこれに関連する一連の法改正は、憲法第9条、第96条、第98条、第99条に違反し、かつ、その実行に際して十分な歯止めも存在しないという問題がある。
第3 後方支援拡大の違憲性・問題点
1 「後方支援」の拡大
(1)重要影響事態と地理的限定の撤廃
整備法案は、「我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(周辺事態)を「我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(重要影響事態)に変更し、自衛隊が地理的限定なく後方支援活動を行えるようにする(重要影響事態法案第1条)。これに伴い、船舶検査活動についても地理的限定を撤廃している(船舶検査活動法案)。
(2)国際平和共同対処事態と地理的限定の撤廃
加えて、支援法案は、我が国の平和と安全への影響がなくても、国際社会の平和と安全を脅かす「国際平和共同対処事態」が発生し、当該事態に関連した国連の決議があれば、自衛隊が地理的限定なく協力支援活動を行えるようにする(支援法案第1条、第3条第1項第1号)。
(3)支援対象の拡大
現行の周辺事態法では、後方支援の対象は米軍に限定されていたが、整備法案は、支援対象を米軍に限らず、「重要影響事態に対処」する「外国の軍隊その他これに類する組織」(重要影響事態法案第3条第1項第1号)にまで拡大する。また、支援法案では、当然「諸外国の軍隊等」が支援対象とされている(支援法案第1条、第3条第1項第1号)。
(4)「非戦闘地域」の撤廃
さらに、本法案は、自衛隊の活動地域をも拡大している。従来、いわゆる「イラク特措法」では自衛隊の後方支援活動地域は「非戦闘地域」でのみ行えるものとされていたが(同特措法第2条第3項)、本法案はこれをさらに拡大し、「現に戦闘行為が行われている現場」以外であれば戦闘地域内でも自衛隊が活動できるとする(重要影響事態法案第2条第3項、支援法案第2条第3項)。
(5)支援活動の内容の拡大
支援活動の内容について、本法案は、これまで禁止されていた弾薬の提供並びに戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備を実施可能にしている(重要影響事態法案第3条第2項、同法案別表第一、自衛隊法第100条の6第4項の改正案、国際平和支援法案第3条第2項、同法案別表第一)。
2 違憲性・問題点
(1)後方支援活動が武力行使と一体化する危険
そもそも、「後方支援活動」(重要影響事態法案3条1項2号)や「協力支援活動」(国際平和支援法案3条1項2号)は、外国の軍隊等に対する物品及び役務の提供等の支援措置であって、前線の戦闘行為と一体化して武力による威嚇または武力の行使になりかねないものである。戦闘行為と一体化した後方支援は、相手方から見ればいわゆる「兵站」(戦闘部隊の後方にあって、人員・兵器・食糧等の前送・補給にあたり、また、後方連絡線の確保にあたる活動機能)であり、補給路を断つための攻撃対象となるものである。このように一体化した後方支援は「自衛のための必要最小限度の実力行使」を超えるものとして憲法上許されない(イラク特措法2条2項等)。実際、航空自衛隊がイラクで行った多国籍軍の兵員空輸活動について、2008年(平成20年)4月17日、名古屋高裁は「武力行使を禁止したイラク特措法2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し、かつ、憲法9条1項に違反する」と違憲判断を示している。
(2)地理的限定を撤廃する問題点
地理的限定が撤廃されれば、政府が「重要影響事態」や「国際平和共同対処事態」と判断し、国会が承認すれば、あらゆる地域で後方支援活動が実施できることになる。本法案が定める「重要影響事態」や「国際平和共同対処事態」の概念は広範かつあいまいであり、歯止めなく世界中の紛争に無限定に自衛隊が派遣されるおそれがある。
(3)支援対象の拡大の問題点
「重要影響事態に対処」する「外国の軍隊その他これに類する組織」(重要影響事態法案第3条第1項第1号)という支援対象も広範かつあいまいである。結局、時の政府と国会が承認すれば、どんな組織が遂行している戦闘行為でも後方支援できることになる。
前記第2−2(3)のとおり、国会の承認に手続的保障がなく、特定秘密保護法の下で民主的統制が担保されないことも深刻である。
(4)「非戦闘地域」の撤廃の問題点
「現に戦闘行為が行われている現場」以外であれば戦闘地域内でも自衛隊が活動できるとするならば、自衛隊が攻撃され、反撃、交戦、武力行使に至る危険性が拡大する。本法案は、「武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない」と規定するものの(支援法案第2条第2項)、これを担保する方策はない。戦闘地域内で他国軍隊を支援することは兵站そのものであり、他国の武力行使と一体化した活動になることが必至である。
(5)支援活動の内容の拡大
支援活動の内容として弾薬まで提供するならば、まさに「兵站」そのものであり、自衛隊の活動はなおさら前線の戦闘行為と一体化したものとなり、相手方からの攻撃対象になりかねない。
3 小括
本法案は、どの軍隊等が行う武力行使であっても、政府と国会が所定の「事態」であると承認すれば、どこにでも自衛隊を派遣して、弾薬まで提供して他国の武力行使と一体化した活動を可能とするものである。このような活動は「自衛のための必要最小限度の実力行使」とは到底言えず、憲法第9条に反し許されない。
第4 国連平和維持活動協力法(PKO協力法)改正の違憲性・問題点
1 PKO協力法
これまで国連の平和維持活動に自衛隊が参加する法制度として、国連平和維持活動協力法(PKO協力法)が存在した。
PKO協力法は、国連の決議に基づき、かつ、PKO5原則(①停戦合意、②受入同意、③中立、④中止、撤収、⑤自己保存型の武器使用に制限)に基づいて活動が許容されるとされていた。
2 整備法案の改正内容
整備法案は、このPKO協力法の改正事項として、自衛隊の行う業務の大幅な拡大と武器使用の拡大等を内容としている。
(1)国際平和協力業務の大幅な拡大
PKO協力法は、これまで、国連が統括する国連平和維持活動(国連PKO)を中心とする国際平和協力業務に自衛隊の部隊等が参加するものであった。
これに対し、整備法案は、①国連PKOで実施できる業務を拡大するとともに(PKO協力法第3条第5号の改正案)、②国連が統括しない、例えば有志連合の平和維持活動への参加も広くできるとしている(同法第3条第2号)。
この②は、「国際連携平和安全活動」と称され、()国連の決議に基づくもののほか、()国連、難民高等弁務官事務所等の国連関係機関又はEU等一定の国際機関の要請に基づくもの、さらには()国連の主要機関の支持を受けた当該領域国の要請に基づくものでもよいとされる。つまり、国連の関与がほとんど、または全くない有志連合ミッション等による停戦監視、統治組織の設立、被災民救援などへの参加まで可能とされる。
そして、()についても()についても、憲法9条の解釈上、海外での武力の行使に至る危険のあるものとして認められていなかった活動、すなわち、住民保護等のための「安全確保活動」及びいわゆる「駆け付け警護」も可能とされる。
(2)武器使用権限の拡大
さらに重大な改正内容は、安全確保活動及び駆け付け警護における武器使用が容認されている点である。
「安全確保活動」とは、防護を必要とする住民、被災民その他の者の生命、身体及び財産に対する危害の防止及び抑止等のための監視、駐留、巡回、検問及び警備を意味する(PKO協力法第3条第5号トの改正案)。そして、その業務を妨害する行為を排除するための武器使用が認められている(任務遂行型武器使用、PKO協力法第26条第1項改正案)。
また、「駆け付け警護」とは、平和維持活動に従事し又は支援する者に危難が生じた場合に、緊急の要請に応じてその生命・身体を保護する活動を意味する(同号ラの改正案)。そして、保護しようとする者の生命又は身体を防護するための武器使用が認められている(同条第2項改正案)。
3 改正内容の違憲性・問題点
憲法第9条は海外における武力の行使を禁止しているところ、海外での武器の使用は、武力の行使との区別が困難であるので基本的に許されず、自分の身を守るための自己保存型の武器使用のみが、自然権的な権利として、例外的に許容されるとされ(1991年9月27日政府統一見解)、PKO5原則の一つとされてきた。
これに対し、整備法案における武器使用は、「安全確保活動」及び「駆け付け警護」の場合に、自己保存型の武器使用という制限を超えてなされるものであり、敵対勢力による反撃の可能性、さらには現場の判断により戦闘行為、すなわち憲法の禁じている武力の行使となる危険性を高めるものである。
4 小括
よって、この改正内容は、自衛隊に武力の行使を事実上認めることにつながるおそれがあり、恒久平和主義に反する。
第5 武力攻撃に至らない侵害への対処等の違憲性・問題点
1 現行法制度の枠組み
現行法制度は、武力攻撃事態等に至らない状態(平時)と武力攻撃事態等(有事)を区別し、平時における自衛隊の活動はPKO協力法や周辺事態法等で認められた活動に限定されるという構成になっている。
2 整備法案の改正内容
整備法案は、平時と有事の間にいわゆるグレーゾーンがあるとし、この領域での自衛隊の活動を以下のとおり拡大している。
(1)在外邦人救出規定(自衛隊法改正案)とその問題点
現行自衛隊法は在外邦人の輸送について規定し(第84条の3)、その際の自衛官の権限として、一定の場所で自己又は職務上管理下に入った者の防護のための自己保存型の武器使用を認め、危害許容要件は正当防衛・緊急避難に限っている(第94条の5)。
これに対し、整備法案は、自衛隊法第84条の3を改正して、一定の要件のもとに、自衛隊の部隊等に、在外邦人の輸送を含む「保護措置」すなわち「邦人の警護、救出その他の当該邦人の生命又は身体の保護のための措置」を行わせることができるものとし、同法第94条の5を改正して、保護措置における任務遂行のための武器使用を認めている。
しかし、邦人救出活動は、現行法の輸送と異なり、在外邦人及び敵対勢力が所在する場所に赴き、その抵抗を抑圧し、攻撃を加えることも想定され、当然に敵対勢力の反撃も想定される。そのため、このような危険な状況における「任務遂行のための武器使用」は、自己保存型のそれよりも強力なものとなることが想定され、攻撃の応酬は憲法の禁じている武力の行使に至る危険性が高い。
このように、外国において敵対勢力に対して、自己保存型を超えた武器の使用をすることは、前記第4で述べたのと同様、敵対勢力による反撃の可能性、さらには現場の判断により戦闘行為、すなわち憲法の禁じている武力の行使となる危険性を高めるものである。また、かかる武器使用は、敵対勢力からの反撃だけでなく、敵対勢力による邦人殺傷の危険も増し、邦人救出とは逆の結果を生じさせかねない。
(2)他国軍隊の武器等防護規定(自衛隊法改正案)とその問題点
現行自衛隊法は、自衛官は、自衛隊の武器・弾薬・船舶・航空機・車両・燃料等を職務上警護するに当たり、これらの武器等や人を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合、合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができると規定している(第95条)。これは、あくまで自衛隊が自己の武器等を防護するための規定である。
これに対し、整備法案は、自衛隊法第95条の2を新設して、自衛官の権限として、「アメリカ合衆国の軍隊その他の外国の軍隊その他これに類する組織の部隊であって自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動(共同訓練を含み、現に戦闘行為が行われている現場で行われるものを除く。)に現に従事しているもの」の武器等の防護のための武器の使用を、第95条と同様に認めることを規定する。ここでは、米軍及び他国の軍隊その他これに類する組織まで、防護対象に含めている。
しかし、このような他国の武器等防護の新設規定を設けることは、以下の理由から、憲法上認め難い。
① 自衛隊が、自らの武器等の防護のため武器使用が認められるのは、自己保存という自然権的権利に類するものとして考えられるが、外国軍隊の武器等を防護するために自衛隊が武器を使用することは自然権的な権利とは到底言えない。米軍等の武器等防護のために他国に対し、武器を使用することは憲法の禁じている「武力の行使」にあたり、憲法第9条に違反する。
② 米軍等の武器等防護のための武器使用は、相手国等から日本が武力攻撃を受ける危険を高め、それをきっかけに交戦状態になる危険性が高い。これは憲法第9条が許容しない事態である。
3 小括
以上のとおり、在外邦人救出活動及び国軍隊の武器等防護のための武器使用は、いずれも憲法の禁じている武力の行使を事実上認めるものであって、恒久平和主義に反する。
第6 結論
以上のとおり、本法案は、平和的生存権を保障するとともに、戦争や武力の行使等を放棄し、戦力不保持、交戦権の否認を定めた徹底した恒久平和主義(憲法前文、第9条)に反し、平和国家としての我が国の在り方を根底から覆すものである。また、これらの憲法の条項を法律で改変する点で立憲主義の基本理念に真っ向から反する。さらに、憲法改正手続を踏むことなく憲法の実質的改正をしようとする点で国民主権の基本原理にも反する。
よって、当連合会は、憲法違反である本法案の国会提出に抗議するとともに、本法案の廃案を強く求める。
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