岸田内閣は、国会閉会後の2022年12月16日、新たな国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画(安保関連3文書)を閣議決定した。この安保関連3文書は、相手国の領域を攻撃する能力(敵基地攻撃能力、反撃能力)を保有し活用していく方針を明記するものである。


 しかし、憲法9条の下での個別的自衛権行使に関する従前の政府見解に立ったとしても、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有・行使は、以下に指摘するとおり、憲法9条に反する。

 憲法9条は、1項で「日本国民は、・・・国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、・・・永久にこれを放棄する。」とし、2項で「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」としている。

 政府は、憲法9条の規定を踏まえ、1972年の政府見解において、「平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであつて、それは、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るために止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。」として、自衛権の行使が憲法上許される場合を限定した(自衛権発動の三要件)。自衛隊の自衛行動も基本的に日本の領域及び必要な範囲の公海・公空に限られるとされてきた(専守防衛政策)。

 その上で、政府は、自衛力は他国に脅威を与えるものであってはならず、個々の兵器に関しても、他国の領域に対して直接脅威を与えるような攻撃的兵器(ICBM、中距離・長距離弾道弾、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母等)の保有は、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため許されないとして、保持しうる実力の程度を限定する憲法解釈を確立してきた。

 憲法9条の解釈については諸説あるものの、この従来の政府の憲法解釈においても、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有・行使は、他国の領域における武力の行使は基本的に許されないという原則に反し、また、相手国の領域に直接的な脅威を与える攻撃型兵器の保有として「戦力」の保持に該当することも明らかであって、憲法9条に違反する。

 さらに、安保法制が施行されている現状においては、我が国が敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有した場合、我が国が他国から武力攻撃を受けていないにもかかわらず、政府が「存立危機事態」と判断すれば、他国のために集団的自衛権が行使され、他国を攻撃することになり、戦争に突入してしまう危険性が増大することも明らかである。

 また、相手国の領域内にある基地ないし指揮統制機能などを直接攻撃可能な能力を保持した場合は、相手国の軍事増強を招き、際限なき軍拡競争に繋がる危険性がある。さらに、個別的自衛権の行使であれ、集団的自衛権の行使であれ、相手国の領域内にある基地ないし指揮統制機能などを直接攻撃した場合は、当然に相手国の反撃を招いて武力の応酬(戦争)に直結するものであり、多大な国民の犠牲と広範な国土の荒廃という結果を招きかねない。そのような危険性を内在する敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有は、日本国憲法前文及び9条で掲げる恒久平和主義の原理と相容れないことは明らかである。

 そのような結末を避け、我が国の存立を維持するためには、近隣諸国との武力紛争を防止して、平和的な外交関係を構築する以外に方法はないのであり、政府は、憲法前文及び9条の恒久平和主義の趣旨に鑑み、武力に依拠するのではなく、関係諸国との間で関係改善に主体的な役割を果たし、国際平和維持のために最大限の外交努力を尽くすべきである。

 

 2023年1月14日の日米首脳会談では、岸田首相が、国会での議論も始まらないのに、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有など新たな安全保障戦略を説明し、バイデン米大統領が日本の防衛力強化を歓迎したと報じられている。

 しかし、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有及び行使は、上記のとおり憲法9条に違反するうえ、これまでの我が国の安全保障政策を根本から大きく転換するものである。政府は憲法9条に違反しないとするが、このような重要な政策転換をするのであれば、国民主権原理に基づき、少なくとも国会承認を得るなどの民主的手続を経るべきである。相手国領域内の軍事施設を攻撃することが憲法9条1項に違反しないのか、相手国領域内の軍事施設を攻撃するための兵器の保持が「戦力不保持」を定める憲法9条2項に違反しないのかなど、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有・行使と憲法9条との関係について、主権者たる国民を代表し、国権の最高機関である(憲法41条)国会での議論すら経ないままに、単なる一内閣の閣議決定によって敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有・行使を容認し、対外的な約束までして強行しようとしていることは、立憲主義・法の支配及び民主主義を著しく破壊する行為と言わざるを得ず、到底許されないものである。


 よって、当連合会は、立憲主義、法の支配及び民主主義を堅持する立場から、敵基地攻撃能力(反撃能力)保有を、国会での議論すら経ずに、閣議決定のみで強行しようという政府の行為に対し強く抗議するとともに、我が国が日本国憲法に反する敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有すること及びその行使のための準備を進めることに強く反対する。


                 2023年(令和5年)3月18日

                    東北弁護士会連合会

                     会 長  遠 藤 凉 一