1 はじめに
自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン(以下「自然災害ガイドライン」という。)研究会は、2020年(令和2年)10月30日、「『自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン』を新型コロナウイルス感染症に適用する場合の特則」(以下「コロナ特則」という。)を制定し、同年12月1日より適用が開始されている。
コロナ特則は、新型コロナウイルス感染症の影響により債務の弁済が困難となった個人債務者の生活及び事業の再建を支援することを目的として、自然災害ガイドラインを新型コロナウイルス感染症に適用することを定めたものであり、政府のオブザーバー参加のもと、金融機関団体等の関係者が学識経験者などとともに協議を重ねて策定されたものである。
コロナ特則については、2022年(令和4年)6月末日時点で、登録支援専門家への委嘱件数は1971件にのぼっているものの、以下のような様々な問題が生じており、同日時点における債務整理成立件数は188件にとどまっており、その制定目的が十分に果たされているとは言い難い状況にある。
2 対象債務の期限の問題
コロナ特則の対象債務は、2020(令和2年)年2月1日以前に負担していた既往債務、及び同年10月30日までに新型コロナウイルス感染症へ対応することを目的として貸付等を受けたことに起因する債務とされており、同年10月31日以降に負担した債務は、原則としてコロナ特則の対象債務には含まれない。
しかしながら、2020年(令和2年)10月31日以降も新型コロナウイルス感染症の影響は収束するどころか、むしろ拡大・長期化している。そのような中、生活や事業の維持・継続等のために、同年10月31日以降も貸付け等を受けている個人債務者は少なくないが、そのような個人債務者について、同年10月31日以降の債務について減免の対象とならなければ、生活及び事業の根本的な再建を図ることが困難であることは明らかである。
なお、「『自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン』を新型コロナウイルス感染症に適用する場合の特則Q&A」のQ1-7では、「現時点においては、新型コロナウイルス感染症の影響が長期化した場合の、対象債務の拡大の予定はありません。」と記載されているが、これは同Q&Aが制定された令和2年10月当時の想定を前提として、「現時点」で対象債務の拡大を予定していないことを確認したに過ぎず、当時の想定を超えるような感染状況の拡大・長期化があった場合にまで拡大しないことを宣明したものとは言い難い。
したがって、対象債務の期限の延長等の措置が速やかに図られる必要がある。
3 一部債権者によるガイドライン不尊重の問題
コロナ特則を含む自然災害ガイドラインは、法的拘束力を持たず、また、全債権者の同意により成立する私的整理の準則である以上、実効性をもって運用されるためには、ガイドラインに関わる全ての関係者が、ガイドラインの趣旨・目的や制度内容について十分に認識を共有し、ガイドラインを尊重する実務慣行が確立されることが必要不可欠である。
しかしながら、一部の対象債権者において、コロナ特則の趣旨・目的や制度内容に整合しない対応がなされることにより、債務整理に支障が生じたり、場合によっては債務整理を断念せざるを得ない状態となっているとの事例が報告されている。
コロナ特則がコロナ禍に苦しむ個人債務者の生活及び事業の再建に資するものとして十分に機能するためには、ガイドラインを尊重する実務慣行が確立されることが急務である。そのためには、対象債権者を監督する金融庁ほか関係監督機関等において、ガイドラインを尊重しない対応をとる対象債権者に対する指導監督等の適切な措置をより積極的に行う必要がある。
4 災害援護資金貸付の問題
東日本大震災の被災地では、東日本大震災の災害援護資金貸付を受けている被災者が多数存在しているが、災害援護資金貸付については、コロナ特則に基づく債務免除を行う根拠規定がないこと等が原因となり、対象債権者に含めることが困難な状況となっている。この点について、当連合会は、2021年3月15日付け「要請書」において、所要の法令の改正ないし運用の改善等を求めていたところであるが、現在に至るまで改善はなされていない。東日本大震災に加え、コロナ禍という、いわば二重の被災に苦しむ個人債務者の救済のためにも、速やかな改善が必要である。
5 自治体の損失補償特約付き制度融資の問題
個人債務者の中には、自治体の損失補償特約が付されている制度融資を受けているものも少なくないが、債権放棄を行うにあたっての根拠となる条例の不備等が原因となり、コロナ特則に基づく債務免除に同意が得られない、あるいは手続が遅滞し、または債権放棄のため個々の事案毎に自治体の議会承認を要したため時間がかかったなど、当該制度融資についてコロナ特則に基づく債務免除を受けることに支障が生じているという事例も報告されている。しかしながら、比較的多額となる制度融資について円滑に債務免除が受けられないとなれば、個人債務者の生活及び事業の再建に大きな支障となることは明らかであり、速やかな改善が必要である。
6 結語
コロナ禍という帰責性のない事情により債務の弁済が困難となった個人債務者について、その生活及び事業の再建を支援することを目的とするコロナ特則が、実効性をもって機能していくためには、前記のような諸問題について速やかに改善がなされることが必要である。
よって、当連合会は、自然災害ガイドライン研究会、国及び地方自治体に対し、以下の点について改定等を求めるものである。
⑴ 自然災害ガイドライン研究会は、コロナ特則について、2020年(令和2年)10月31日以降に発生した債務についても対象とすることを可能とするように改定等を行うべきである。
⑵ 国は、コロナ特則の実効的かつ円滑な運用を実現するために、監督官庁を通じて、全ての債権者がコロナ特則を尊重するように積極的な指導監督を行うべきである。
⑶ 国は、災害援護資金貸付について、地方自治体がコロナ特則を含む自然災害ガイドラインに基づく債務免除を円滑に行えるよう、所要の法令の改正ないし運用の改善を行うべきである。
⑷ 地方自治体は、損失補償特約付き制度融資について、コロナ特則を含む自然災害ガイドラインに基づく債務免除を円滑に行えるよう、所要の条例等の整備ないし改正を行うべきであり、国は、地方自治体がこれらの整備等を行うべく必要な指導・助言等を積極的に行うべきである。
2022年(令和4年)年9月12日
東北弁護士会連合会
会長 遠 藤 凉 一
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