民事裁判手続等のIT化のための法制化に関しては、本年2月の法制審議会から法務大臣への答申後、第208回通常国会での審議を経て、本年5月18日に民事訴訟法の改正法案が可決・成立した。これにより、それまで運用での導入が進められていた民事裁判手続等のIT化が、法的な制度として位置づけられることになった。また、2021年(令和3年)4月からは、民事裁判手続だけではなく、家事事件、民事保全・執行事件、倒産事件等の各種手続におけるIT化の検討も開始されており、民事訴訟法改正とともに実施された家事事件手続法の改正に続いて各手続の法改正も実現される見通しである。
 このような民事裁判手続等のIT化により、裁判所利用者は、裁判所に出頭することなく各種手続等を利用できる場面が増えることになり、出頭のための時間・労力・費用等が削減できるとともに、期日の調整を円滑にし、手続の進行を迅速にすることができる等の利点が見込まれている。特に、裁判所から遠隔地に居住する利用者等にとっては、利用が困難だった司法へのアクセス向上に繋がることが期待されている。
 しかし、その一方で、民事裁判等のIT化により、当事者や代理人の出頭を要しない手続が大幅に拡充されれば、地方裁判所及び家庭裁判所の支部や同支部管内の簡易裁判所、家庭裁判所出張所等においては、裁判官の常駐ばかりか定期的な填補すらも不要とされかねず、将来的には、裁判所機能が本庁や規模の大きい一部の支部等に集約されることが懸念されている。
 裁判は国民の権利義務を確定する重要な手続きであり、裁判を受ける権利は全ての国民に保障される憲法上の権利である。裁判を受ける権利を実質的に保障するためには、裁判所は、地域に根差し地域住民に身近な存在でなくてはならないが、以上のように、裁判所への出頭の機会が減ることが契機となり裁判所の統廃合が進められるようであれば、地域司法の後退が加速することとなってしまう。地域住民の権利保障のために、裁判所をはじめとする地域司法の機能を充実させていくことが重要な課題となっているにもかかわらず、裁判手続等のIT化が、この要請に逆行する結果をもたらすことになってはならない。また、IT化された裁判手続等の導入に伴い、ITに不慣れな裁判当事者を支援するいわゆる「本人サポート」の導入・整備が課題となっているが、裁判所の支部等の機能が縮小するときは、その要請に対応することが困難となりかねない。以上のような観点から、民事裁判手続等のIT化の進展により、大規模庁に裁判機能が集中することにより地家裁支部や簡裁等の機能が縮小しないようにすることは、これらの手続のIT化を進める上で当然の前提と位置づけられるべきである。
 そもそも、民事裁判手続等のIT化は、裁判所を利用する市民の利便性の向上を目的として検討が進められているものであるから、その趣旨に立ち返れば、民事裁判手続等のIT化を進めるに当たっては、地域の司法基盤の充実のための方策が併せて実施されなければならないはずである。
 当連合会は、裁判所支部管内の司法基盤の整備・拡充を重要課題と位置づけ、繰り返し裁判所支部管内における司法の機能充実を求める決議を採択し、その実現を求めてきた。しかし、残念ながら、裁判官の常駐していない地方・家庭裁判所支部が存在する状況や、地方裁判所が執行事件等を本庁に集約化する傾向に変化は見られず、地域の司法機能の整備は進んでいない。
 このような流れの中で、地方裁判所支部の民事裁判にIT化された手続の導入が進んでおり、本年2月から各地の地裁支部での運用が開始され、本年7月4日に全国の全ての地裁支部での運用開始が予定されている。そこで、裁判所支部における民事裁判IT化手続の運用が開始される機会に、改めて地域の司法基盤の整備・充実の重要性を確認し、国に対して、以下のような措置を実現することを求める。
1 地方裁判所及び家庭裁判所支部の民事裁判手続等のIT化が実現しても、裁判官が常駐している地方・家庭裁判所支部についてはそれを維持するとともに、全ての地方・家庭裁判所支部への裁判官の常駐を実現すること。
2 家庭裁判所支部の手続のIT化が実現しても、現在置かれている家庭裁判所出張所を維持するとともに、その併設がない独立簡易裁判所には家庭裁判所出張所を設置すること。
3 IT化された裁判手続等を活用することにより、支部管内の事件は当該支部において扱えるよう制度等の整備を行うとともに、裁判所支部等の人的・物的基盤を整備すること。
4 裁判所支部に、「本人サポート」を実施するために十分な人的・物的設備を導入すること。
5 裁判所支部管内における民事裁判手続等のIT化の整備を含む司法基盤の整備・充実のために、司法予算を増額すること。

                       2022年(令和4年)7月1日

                              東北弁護士会連合会


提案理由

1 はじめに
 IT(情報技術)は、社会経済のあらゆる場面に及んでおり、市民生活においても、パソコン、スマートフォン、タブレット端末等の利用が拡大し、国民生活に広く普及している。司法の分野においても、こうした社会の変化をふまえて民事裁判手続等のIT化が課題となり、国民にとって利用しやすい裁判の実現等を目的とし、2017年(平成29年)より内閣官房に設置された「裁判手続等のIT化検討会」で協議・検討が進められてきた。その後、法制審議会の民事訴訟(IT化)部会における審議を経て、本年2月に法制審議会から法務大臣へ答申がなされ、第208回通常国会において、本年5月18日に民事訴訟法の改正法案が可決された。
 民事訴訟手続以外の民事・家事裁判手続についても、2021年(令和3年)4月から検討が開始され、同年12月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」において、必要な法改正の実施や環境整備を行う方針が採用された。このような方針を踏まえて、家事事件、民事保全・執行事件、倒産事件等の各種手続におけるIT化の検討も開始されており、民事訴訟法改正とともに実施された家事事件手続法の改正に続いて各手続の法改正も実現される見通しである。
 このような流れの中で、地方裁判所支部の民事裁判へのIT化手続の導入が本年2月から全国8庁で開始されており(第1次運用開始)、本年5月23日の全国73庁での運用開始(第2次運用開始)を経て、7月4日から全国の全ての地裁支部(その余の全国122庁)での運用開始(第3次運用開始)が予定されている。
 以上のように、地方裁判所の支部については、今後IT化手続の導入によりITを活用した裁判手続の適正・円滑な運用が課題となるが、裁判所の支部管内については、手続のIT化の検討が始まる以前から、地域の司法基盤の整備が課題として指摘されてきた。現在、上の課題の実現が不十分なまま手続のIT化が進められているが、その課題の重要性は変わるものではなく、むしろ、以下に述べるように、より重要性が増しているということができる。
2 民事裁判等のIT化の有用性と諸課題
 民事裁判等の手続においては、IT(ウェブ会議等)を活用することで、裁判所利用者は、裁判所に出頭する時間や労力、費用の負担を軽減できるとともに、期日の調整を円滑にし、手続の進行を迅速にすることができる等の利点が見込まれている。さらには、裁判所への出頭困難な遠隔地居住者や傷病者等の裁判を受ける権利の確保、争点整理手続の充実、より開かれた審理の実現、記録の電子化による裁判例の公開等による利便性も指摘されている。
 このように、ITの普及・拡大と現代社会において果たしている役割の増大とともに、民事裁判のIT化は、民事裁判の審理の充実や効率化に資する側面を有している。しかし、民事裁判のIT化に対しては、ITに習熟していない者や障がい者等の裁判を受ける権利を制限する危険性をはじめとして、裁判の公開、直接主義、弁論主義等の民事裁判の諸原則との抵触の可能性や、IT化された裁判手続等への対応支援を名目とした非弁行為のおそれなど、多くの問題点が指摘されており、その対策や対応が重要な課題となっている。
3 地域司法後退の危険性とこれを阻止する必要性
 地域司法後退の危険性も、民事裁判手続等のIT化が進む中で指摘されている重要な課題の一つである。民事裁判手続等のIT化により、裁判当事者・代理人の出頭を要しない手続を大幅に拡充すれば、手続の利便性は向上する面があるようにも見えるが、将来は裁判官自身が本庁等にいながらオンラインで支部の事件を扱えるような運用の実施も考えられる。そうなると、裁判所支部や支部管内の簡易裁判所・出張所等においては、裁判官の常駐ばかりか定期的な填補すらも不要となり、将来的には、裁判所機能が、本庁や規模の大きな一部の支部に集約されることに繋がりかねない。
 市民の裁判を受ける権利を実質的に保障するためには、裁判所は、地域に根差し地域住民に身近な存在でなくてはならないが、裁判所への出頭の機会が減ることが契機となり裁判所の統廃合が進められるようであれば、地域司法の後退がますます加速することとなってしまう。
 東北地方の実情に目を向けると、東北は各県の面積が広く、多くの裁判所支部や出張所等が設置されているが、交通の利便性などが十分ではないこともあり、地元の裁判所支部や出張所等への移動が困難な地域も少なくない。それにもかかわらず、支部や出張所等の統廃合が進めば、裁判所の利用は益々困難になってしまうおそれがある。地域住民の権利保障のためには、裁判所をはじめとする地域司法の機能を充実させていくことが重要な課題となっているところ、裁判手続等へのIT化の導入がこの課題の妨げになってはならない。
4 地域の司法基盤の整備・充実のために国に求める措置
 そもそも、民事裁判手続等のIT化は、裁判所を利用する市民にとって身近で使い勝手のよい司法の実現を目指して検討が進められているものであるから、このような趣旨に立ち返れば、民事裁判手続等のIT化を進めるに当たっては、司法全体の利便性の向上に目を向ける必要があり、地域の司法基盤の充実が併せて実施されなければならないはずである。
 これまで、当連合会は、裁判所支部管内の司法基盤の整備・拡充を重要課題と位置づけて、2005年(平成17年)に「裁判を受ける権利の保障を実質化するためにすべての裁判所及び検察庁に裁判官及び検察官を常駐させることを求める決議」、2012年(平成24年)に「すべての裁判所支部管内における司法の機能充実を求める決議」、2015年(平成27年)に「裁判所支部管内における司法機能の整備・拡充を求める決議」、2016年(平成28年)に「地域司法の基盤整備に関する協議結果を受けて、改めて裁判所支部管内における司法の機能充実を求める決議」、2019年(令和元年)に「裁判所の支部管内における司法の機能充実を求める決議」を採択し、繰り返し裁判所支部管内における司法の機能充実を求めてきた。しかし、残念ながら、裁判官の常駐していない地方・家庭裁判所支部が存在する状況や、地方裁判所が執行事件等を本庁に集約化する傾向に変化は見られず、地域の司法機能の整備は進んでいない。そこで、民事裁判手続等のIT化が進行するこの機会に、地域の司法基盤の整備・充実が図られるように、国に対して、以下のような措置を講じることを求める。
(1) 全ての地家裁支部に裁判官の常駐を求める
 全国には裁判官の常駐していない地家裁支部(以下、「非常駐裁判所」という)が多数存在しており、仙台高等裁判所管内においても非常駐裁判所の支部数は8ヶ所に及んでいる。このような非常駐裁判所が存在することにより、数少ない填補日に様々な事件を集中的に取り扱わざるを得ず、中には人証尋問の制限が行われるなど各事件について十分な審理がなされているとは言い難い支部も見受けられる。
 民事裁判手続等のIT化により、前述したように、将来は裁判官自身が本庁にいながらオンラインで支部の事件を扱えるような運用が実施される可能性も考えられるが、こうした運用が拡大すると、裁判所支部や支部管内の簡易裁判所・出張所等においては、裁判官の常駐ばかりか定期的な填補すらも不要ではないかという指摘がなされ、将来的には、裁判所機能が、本庁や規模の大きな一部の支部に集約されることに繋がりかねない。
 市民の裁判を受ける権利を実質的に保障するためには、裁判所は、地域に根差し地域住民に身近な存在でなくてはならないことは既に述べたとおりであることから、地方裁判所及び家庭裁判所支部の民事裁判手続等のIT化が実現しても、裁判官の常駐を廃止することなく、全ての地方・家庭裁判所支部への裁判官の常駐を実現することを求める。
(2) 家裁出張所が併設されていない独立簡裁に家裁出張所の併設を求める
 仙台高等裁判所管内においては、15箇所の独立簡易裁判所が置かれているが、このうち、家庭裁判所出張所が設置されていない独立簡裁としては、築館簡易裁判所(仙台地裁古川支部管内)、釜石簡易裁判所(盛岡地裁遠野支部 管内)、男鹿簡易裁判所(秋田地裁本庁管内)、湯沢簡易裁判所(秋田地裁横手支部管内)、鰺ヶ沢簡易裁判所(青森地裁五所川原支部管内)があげられる。このような地域では、当該地域に簡易裁判所という裁判所施設があるにもかかわらず、家事事件に際して管轄のある家庭裁判所支部まで出向いて手続に参加しなくてはならず、裁判所を利用する地域住民には、遠距離の移動に伴う時間や労力の負担が生じている。しかし、当該地域の簡易裁判所に家庭裁判所出張所が設置されれば、上記の負担は軽減され、裁判所を利用する市民の利便性は大きく向上することになる。
 このような問題の解消を図るために、当連合会は、家庭裁判所出張所が設置されていない独立簡易裁判所に、家庭裁判所出張所を設置すべきことを求めてきたが、民事裁判手続等のIT化が進むと反対に家裁の出張所自体の統廃合が加速しかねない。そこで、家庭裁判所支部の手続等のIT化が実現しても、その出張所を維持するとともに、家庭裁判所出張所が併設されていない独立簡易裁判所に、家庭裁判所出張所の設置を実現することを求める。
(3) 裁判所支部管内の事件は当該支部で扱えるような基盤整備等を求める
 労働審判手続は、仙台高裁管内では全て地方裁判所本庁でのみ審理が行われているため、地裁支部管内の住民がこれを利用する場合、本庁までの時間や労力等の負担を強いられている。そのため、支部管内に居住する住民にとっては、労働審判は必ずしも使い勝手のよい制度とは言えない状況にある。
 現在地裁支部において労働審判が実施できないのは、支部管内で労働審判員の確保がしにくいことが理由のひとつとしてあげられている。そこで、例えば、労働審判官は支部におり、労働審判員は本庁からウェブ会議で支部での手続に関与できれば、支部においても労働審判を行うことは可能と考えられる。同様に、裁判長が支部におり、陪席裁判官が 本庁等からウェブ会議で審理に加われば、支部でも合議事件を実施できるようになる可能性がある。
 以上のように、裁判手続等のIT化を活用することにより、支部管内の事件は当該支部において扱うことは十分に検討の余地がある運用と考えられる。そこで、国は、このような手続の実施が可能となるような制度や運用の整備と、支部等における裁判所の人的・物的基盤の整備を進めるべきである。
(4)裁判所支部に、「本人サポート」を実施するために十分な人的・物的設備の導入を求める
 民事裁判手続等のIT化にあたっては、システム利用困難者に対する支援措置として、いわゆる「本人サポート」の導入が予定されている。このような支援制度は、民事裁判等にIT手続を導入するにあたり、その利用が困難な者の裁判を受ける権利を実質的に保障するものとして重要な意義を有している。
 「本人サポート」は裁判手続の実施機関である裁判所が中心となって担うべきものであるが、裁判所支部等の統廃合が進むと、地域住民が地元の裁判所で「本人サポート」を受けることができないという問題が発生する。「本人サポート」を受ける者は、ITの利用に習熟していないことが多いものと予想されることから、その支援を面談ではなくウェブや電話等で離れた状態で実施することは困難であり、面談以外の方法では十分なサポートを実施できないおそれがある。
 以上のような事情を考慮すると、民事裁判手続等のIT化に当たり全国各地で充実した「本人サポート」が受けられるようにするためには、地域の裁判所を統廃合することなく、現在置かれている地裁支部等に十分な人的物的設備を導入することが不可欠と考えられる。
(5)民事裁判手続等IT化の整備を含む司法基盤の整備・充実のための司法予算の増額を求める
 これまで述べたような諸課題のほかにも、民事裁判手続等のIT化においては、情報セキュリティの確保、プライバシーや営業の秘密保護等、多くの課題や問題点が指摘されている。このような問題点を克服して、裁判手続等のIT化に関し適正な制度及びシステムを構築するためには、IT化のための十分な予算措置を講じることが必要である。
 ところが、裁判所関連予算の国家予算に占める割合は、近年は約0.3%台で推移しており、国や最高裁判所は、地域司法の人的・物的基盤の整備拡充のために積極的に予算措置を講じてきたとは言えない状況にある。民事裁判のIT化は、裁判実務に大きな変革をもたらすものであり、ことに最終段階(フェーズ3)では、IT化のためのシステム構築等の大きな環境整備が想定されている。以上のような状況を踏まえると、国はこれまでよりも積極的に司法のための予算を確保することが不可欠であり、前述した諸課題を克服するIT化された民事裁判手続等の導入と地域司法の人的・物的基盤の整備・充実に向けて、十分な予算措置を講じるべきである。
5 むすび
 これまで述べたように、本年7月4日から全国の全ての地裁支部で民事裁判手続IT化の運用が開始され、裁判手続等のIT化の流れは全国各地に及ぶことになる。地域の司法にとって大きな変革を迎えることになるが、地域の司法の変革の動きがIT化導入のみに止まってはならない。
 全国各地における民事裁判手続等のIT化を進めるためには、地域の裁判所の基盤整備が伴わなくてはならないことは明らかであるとともに、地域の裁判所の基盤整備そのものが重要な課題であることが再認識される必要がある。 以上のような観点から、当連合会は、地方裁判所支部における民事裁判IT化手続の運用開始にあたり、改めて、国に対し、本決議本文に掲げた地域司法の人的・物的基盤を整備し充実させるための方策の実施を求め、本決議に及ぶものである。

 以 上