東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「原発事故」という。)から10年が経過したが、現在も、福島県を中心にその甚大かつ広範な被害は継続している一方、原発事故による被害に対する賠償だけは加害者側の一方的判断で打ち切られている状況にある。被災者の生活再建という観点からは、賠償もその一つの大きな柱であることを念頭に、原発事故との相当因果関係がある限り、被害実態に即した賠償金の支払いが継続されなければならないことは当然である。

 また、この10年間、我が国は毎年のように地震・水害等の自然災害に遭遇し、この東北地方も幾度となく大きな被害を受けてきた。さらに、昨年以降、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっており、その収束は全く見えない状況である。

 東北6県の弁護士は、この10年間、災害のたびに、各種の法律相談、被災者等への情報提供、各種立法及び制度運用に係る提言、支援者間の連携構築など様々な被災者支援活動に携わってきた。その活動の中で痛感してきたのは、生活再建の目途がたたない被災者が多数生じ、とり残されてしまっている事実である。被災者支援のための法律は個別にあるものの、全体として機能してきたとは言い難いことが原因の一つである。

 さらに、災害時には、被災者への理不尽な差別・偏見がしばしば生じる。原発事故においても、避難先での差別・いじめがあった。新型コロナウイルス蔓延の場面においても同様に、罹患者や医療従事者、その家族といった人や地域への差別・偏見が報じられ、その生活に重大な影響を及ぼしている状況である。

 このような状況を踏まえ、当連合会は、東日本大震災及び原発事故から10年という節目に、被災者の生活再建と「人間の復興」を実現する見地から、国に対し、以下の施策の実現を強く求めるものである。

1 原発事故の継続的被害、特に、高齢者等の避難弱者や、風評被害が継続する事業者の被害実態調査をし、中間指針の改定を行     うこと。

2 国民の誰もが、感染症蔓延も含む大規模災害に遭遇し、被災者となる可能性があることを前提に、ひとりひとりの生活再建を支える総合支援のための法律を制定すること。

3 感染症蔓延を含む災害時に生ずる被災者への誹謗・中傷・差別等の新たな二次的な被害を防止するため、日ごろより、災害時における差別防止の啓発・対話活動を日常的かつ継続的に実施すること。

以上のとおり決議する。


                 2021年(令和3年)12月10日            

                   東北弁護士会連合会              

                     




                      提案理由


1 原発事故の被害の賠償も生活再建の大きな柱であること

 原発事故から10年の年月が経過したが、福島県では、帰還困難地域がまだ広範囲に残り、福島第一原子力発電所においては、燃料デブリ(原子炉内に溶け落ちた核燃料)が多数残ったままの状態であり、原子力緊急事態宣言の解除の見通しも立っていない状況にある。この間、被災者への損害賠償は、加害者主導のもと、形式的基準により、強制避難区域を中心に一定程度進められたが、特に、もとの生活を失った高齢者や、周辺地域の事業者など、ふるさとを喪失し、もとの生活や生業を取り戻すことが出来ないまま、継続的被害を受け続けている状況にある。被災者の生活再建という観点からは、賠償もその一つの大きな柱であることを念頭に、加害者側の一方的判断で賠償を打ち切ることを許すことなく、原発事故との相当因果関係がある限り、賠償金の支払いを継続しなければならないことは当然のことである。

(1)高齢者・避難弱者の被害

 原発事故による避難と生活環境の激変は、高齢者・障がい者等の「避難弱者」に多大な肉体的・精神的苦痛を与えた。高齢者の場合、もともと長年住み慣れた地域社会への依存の程度も高く、地域社会から切り離されることによって増加する肉体的・精神的負担は多大であり、環境の変化により日常生活の不活性化による健康影響も無視できない。岩手・宮城両県と比べ、福島県では、震災関連死の件数が直接死の件数を大きく上回っているのは、原発事故による避難が少なからず影響しているからと考えられる。しかし、このような高齢者等が受けている相対的により大きな肉体的・精神的苦痛に対する賠償はほとんどなされていない。

 さらに避難指示解除後、元の地域に戻った住民の人権侵害も無視できない。避難指示解除後において元の地域に帰還する住民は、高齢者が中心である。若年層は放射線を恐れ、また、子どもの教育、避難先で環境への順応、住宅の購入等の理由により、容易には、帰還という選択肢をとりえない。その結果、避難指示が解除された地域は、極端な高齢化が進むとともに、家族間・親族間、知人や近所の仲間などによる「相互扶助作用」は弱まり、特に高齢者は孤立し、介護需要が高まり、さらには孤独死の危険さえも生じている。避難指示が解除となっても、事業者の帰還も限定的であることから、地域は従前の状態とは程遠く、極端な過疎化が進んでいる状況にある。

 このような被害について、全国の集団訴訟の多くにおいて「ふるさと喪失損害」が独自の損害項目として請求され、それを部分的ながら認めている判決もある。地域コミュニティや従前の生活基盤そのものが破壊されるという原発事故被害の特質を考えると、賠償の範囲に含まれるべき損害類型と言える。

(2)いわゆる区域外の地域の住民に対する賠償

 被害は、強制避難区域ばかりではない。強制避難区域の周辺自治体(旧緊急時避難準備区域など)でも、今まで当然に利用していた避難区域内の社会インフラ(病院・商業施設・学校 ・職場等)が利用できなくなり、山林の除染が行われていないことから山の恵みが享受できず、地域社会が大きく変容し、生活の質が低下したままの状態にある。しかし、これらの地域的被害に対し賠償金が支払われることはない。

 また、さらに、その外側の地域(自主的避難等対象区域など)においても生活の制限を現実に受けた地域はあるが、少額の精神的損害が支払われたのみで、原則として賠償の対象となっていない。同地域は、強制避難者の受け入れ地域となっていて、賠償格差等を背景に避難住民との軋轢・分断が助長される傾向がみられ、受け入れ側住民と避難者の双方にとって大きな心の負担となっているが、このような被害に対しても賠償金が支払われていない。

(3)風評被害の継続による被害問題

 さらに、原発事故による風評被害は、避難区域内外を問わず、観光業や農林水産業を中心に厳然たる事実として継続しているが、ほとんどの事業者に対する営業損害等の賠償は、加害者側が提示した基準により既に打ち切られている。

(4)中間指針改定の必要性

 原発事故後、原子力損害賠償紛争解決センターが発足し、被害者救済に 一定の役割を果たしたが、ここ数年は、東京電力ホールディングス株式会社(以下「東京電力」という。)は、和解案を尊重すると公表しながら、実際には、多数の案件で和解拒否をしており、被害者に向けた真摯な対応どころか、和解案の尊重義務さえも守っていない。

 このような事態に至り、各自治体や各種団体等が、原子力損害賠償紛争審査会(以下「原賠審」という。)に対し、「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(以下「中間指針」という。)の改定を要望しても、原賠審は、全くと言っていいほど中間指針の改定に応じようとしていない。

 これは原賠審としての役割の放棄と言わざるを得ない。原賠審の事務として指針の前提となる調査も法律上定められており、原発事故10年を経て、現段階での状況を正確に把握するための専門家調査や、原発訴訟各種判決・原子力損害賠償紛争解決センターの資料の調査など、原賠審としての本来の役割を果たすための前提となる調査をすべきである。また、今後、処理水の海洋放出となれば、現在の風評被害の程度についての調査は不可欠のはずである。前提となる現段階での事実調査を適切に行い、それを踏まえた中間指針の早期改定が不可欠である。


2 被災者の生活再建のための総合的支援法の必要性

 この10年間の災害の頻発により、東北地方を含む国民のひとりひとりの基本的人権が危機に晒されてきた。

 その中でも東日本大震災及び原発事故は未曽有の被害であった。死者・行方不明者は約1万8500人を数え、避難者は最大35万人を記録し、震災関連死は福島県を中心に現在も認定され続け、3800名近い震災関連死が生じてしまった。そして、原発事故により、避難指示区域内外を問わず、現在も、甚大で、広汎で、継続的かつ多様な被害が生じていることは周知の事実である。

 東日本大震災後10年間、我々弁護士は、各種の法律相談、被災者等への情報提供、各種立法及び制度運用に係る提言、支援者間の連携構築など様々な被災者支援活動を展開してきた。しかし、被災者の生活再建のため現行法制が十分とは言えないし、十分に活用されてきたかといえば否定せざるを得ない。

 現行の被災者支援法制は、災害が生ずるたびに新たな法律が追加されてきた歴史があり、また、各法の制定の時期や背景が異なることもあり、継ぎはぎだらけの災害法制になっている。そのため、災害法制全体の理念も分かりにくくなってしまっている。中心となる災害対策基本法であるが、東日本大震災後、大幅な改正はなされたものの、同法の中心は防災であり、被災者の生活再建のための基本法とは言い難い。また、被災者の生活再建のため、避難所の開設や仮設住宅の提供などの根拠となる災害救助法、住宅再建を支援する被災者生活再建支援法、及び、遺族に一時金を支給する災害弔慰金の支給等に関する法律などがあるが、被災者の生活再建の過程全般をカバーする法律ではなく、被災者の生活再建のために全体として機能してきたとは言い難い。

 被災者支援の目的は、被災者の生活再建であり、被災後に生活の再建が整うまでの間、切れ目の無い支援が重要となる。災害には、各フェーズ(災害予防~災害応急対策~災害復旧・災害復興)があり、本来ならば、この各フェーズを包摂する基本法が必要であるが、現行法制は、被災者の生活再建のために部分的な役割を果たすに過ぎない。

 現行法を前提にすれば、既存の法律・制度を柔軟かつ弾力的運用を求めるしかないが、それだけでは、被災者の支援の予測や被災者支援の将来像を提示することは出来ない。防災や緊急時の対応のみならず、被災者ひとりひとりの生活再建に至るまで、総合的、体系的な支援のための法律が必要である。この点、関西学院大学災害復興制度研究所は「被災者総合支援法案」を公表している。同法案は既存の被災者支援法である災害対策基本法、災害救助法、被災者生活再建支援法、災害弔慰金の支給等に関する法律を棚卸しして、包括的で体系性のある全く新しい法制度として被災者支援法制を再構成するものであり、災害直後の応急救助から本格的な生活再建にいたるまでの被災者支援を包摂し、被災者支援にとって重要な基本理念・基本方針や被災者支援の担い手、各種情報の活用、相談業務、権利保障に関する規定を設けているものであり参考となる。

 毎年のように、全国各地で様々な災害が生じ、誰でも被災者となりうる状況下において、国民全体で被災者ひとりひとりの生活を支援すべきという国民全体のコンセンサスができつつあると言えるであろう。

 関東大震災発生からあと2年で100年となるが、関東大震災の際、東京商科大学(現・一橋大学)教授であった福田徳三は、「私は復興事業の第一は人間の復興でなければならむと主張する。人間の復興とは大災によって破壊せられた生存の機会の復興を意味する。今日の人間は、生存するために生活し、営業し、労働せねばならぬ。すなわち生存機会の復興は、生活・営業・及び労働機会(これを総称して営生という)の復興を意味する。道路や建物は、この営生の機会を維持し擁護する道具立てに過ぎない。それらを復興しても、本体たり実質たる営生の機会が復興せられなければ何にもならないのである」と述べ、「人間の復興」という理念を提唱した。

 東日本大震災から10年という節目に、上記のような被災者のための総合支援法の整備の検討に入ることが、近い将来に予想される南海トラフ地震や首都直下地震などの大災害への備えとなる。東日本大震災と原発事故を経験した東北地域の弁護士が、弁護士法1条の理念のもと、それらの支援の経験から、現行法制の中で最も脆弱と言われる復興期の法制度を充実させるため、災害法制の理念法たる現行災害対策基本法にその趣旨を盛り込み、それに基づき、被災者の生活を支援する総合的な支援法を制定すべきとの立法提言をすることに大きな意味があるといえる。


3 災害時の誹謗・中傷・差別等、二次的被害を防止するための啓発・対話活動の必要性

 残念ながら、これまでも災害時には、流言、デマ、誹謗中傷、差別などの被害が発生した。

 原発事故後も、放射線の健康影響をめぐる意見の対立、賠償額の区別を背景にした地域対立、さらには、避難者に対して「放射能がうつる」など差別や中傷があったことは記憶に新しい。

 今回の新型コロナウイルス感染症の拡大・蔓延の場面においても、感染者に対する誹謗・中傷・差別等が見られ、これらによって二次的な被害(不当な解雇、感染者や医療従事者の子らへのいじめ、生活の維持に必要なサービスの提供拒否、保育園への登園拒否、行事への参加拒否等)が発生していることを見過ごすことは出来ない。

 原発事故とコロナ禍は、放射線とウイルスというどちらも見えない恐怖に対し政治や科学がどう向き合うか、不安に陥る国民とどのようにリスクコミュニケーションをとるかを問われている。

 コロナ禍において、感染者や発症者、クラスターが発生した事業所等への中傷、差別等は、重大な人権侵害であって、このよう な状況が続けば、感染者や発症者は、中傷や差別を恐れ、検査や治療を受けることをためらわせ、結果として感染を見えなくして(感染の不可視化・潜在化)、対策を遅らせてしまい、隠れた感染拡大をもたらすなど、感染症対策を水泡に帰す可能性がある。また、行き過ぎた行動自粛(いわゆる「自粛警察」等)の事象も見られ注目されたが、こうした行動も、それ自体人権侵害の危険があるとともに、社会の分断対立の原因となり、社会全体の自主的協力による対策を阻害する危険すらある。

 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下「感染症法」という。)は、その前文で、「我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応する」として人権尊重の重要性を明記している。この感染症法の趣旨からも、罹患者やクラスター発生の事業者等への誹謗・中傷等は許されることではない。

 原発事故後も、放射性物質の危険性をめぐる分断や対立が各地で見られ、リスクコミュニケーションが行われたが、これらの中では、一方的に「正しい科学的知識」を教え込むだけの方法では成功を収めないことが判明している(正しい知識が不足しているというだけで差別偏見等の感情が生じているわけではないからである。)。むしろ、住民らが相互に自らの不安や思いを語り合い、放射線量の測定などに参加するなどしていく中で、不安が解消していくことが知られている。

 このような見地から、感染症においても、啓発対話活動を普段から実施することや、感染者情報の公表基準や内容についてのガイドラインを策定することが必要であろう。

 以上のとおり、災害時や感染症蔓延時に生ずる差別問題を予防するため、感染症も含む災害時の差別防止の啓発や対話活動を、国の施策の一つとして普段から実施することを求める。


以上