特定秘密の保護に関する法律(平成25年法律第108号。以下、「本法律」と言う。)は、2013年(平成25年)12月6日に参議院で可決成立し、同月13日に公布され、1年以内に施行されることとなった。
本法律の成立をめぐっては、当連合会は、2013年(平成25年)3月30日付け「秘密保全法制の制定に反対する会長声明」、及び同年11月25日付け「特定秘密保護法案の廃案を求める会長声明」において、本法律の問題点を指摘してきたが、本法律には、以下のとおり、憲法上看過し難い問題点が解消されぬままとなっている。

1 国民の知る権利を不当に制限し、国民主権の原理が脅かされる
我が国は国民主権を基本原理とする民主主義国家であり、国民が自ら国政に参加をするためには国政に関する情報について知る権利が国民に保障されることは不可欠である。
ところが、本法律は行政情報を特定秘密に指定することによって情報の非公開を広範に許容してしまうものである。また、本法律の別表に列挙された事項については、特定秘密の指定の有無にかかわらず処罰の可能性があるから、報道機関に対し著しく萎縮効果を及ぼす。本法律によって、主権者たる国民の知る権利は不当に制約され、国民主権原理が脅かされる事態となる。

2 処罰範囲が広範かつ不明確であり、防御の機会も奪われかねない
本法律は、特定秘密の取得行為及びその未遂のみならず、特定秘密の漏えい行為の未遂、過失、教唆、共謀ないし煽動をも処罰対象としており、広範な行為が刑事事件として立件されるおそれがある。さらに、刑事公判手続においても、行政機関の長が「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」があると判断すれば、特定秘密を裁判所にすら提供せずに済み、特定秘密の内容が裁判所のみならず被告人や弁護人に明かされないまま審理が進むことになりかねない。その結果、被告人は秘密の内容を知らされず、防御の対象が明確にならないまま有罪判決を受ける可能性すらある。

3 恣意的な秘密指定をチェックできない
本法律においては、行政機関の長が秘密を指定し内閣総理大臣がこれを指揮監督するとされ、また、その内閣総理大臣の指揮監督に際し意見を進言することとされている情報保全諮問会議は、主として運用基準の策定について意見を述べるものとされており、具体的な秘密指定の適否についてはチェックできない。また、具体的な秘密指定についての適否を検証するものとして現在検討されている諸機関は、いずれも内閣官房ないし内閣府に設置されるものであって、公正性、中立性に問題があり、秘密指定の適否についての実質的なチェック機能を期待することはできない。

4 国会と国会議員による検証、監督が及ばない
本法律においては、国会は特定秘密指定の運用状況の報告を受けることとなっているにとどまるうえに、特定秘密の国会議員への提供は行政機関の長などの裁量に委ねられており、このことは国会の最高機関性(憲法41条)にも抵触する懸念がある。本年6月20日に成立した国会法の一部改正によって衆参各議院に設置される情報監視審査会も、特定秘密にアクセスできる権限を有しておらず、十分な監視機能を果たすことはできない。

5 プライバシーや思想良心の自由を侵害する危険がある
本法律の定める適性評価制度は、特定秘密を取り扱わせようとする者(評価対象者)の犯罪歴や精神疾患ないし信用情報をも調査事項とするものであり、評価対象者の親族等の氏名、生年月日、住所といった個人情報も調査の対象となっており、評価対象者のプライバシーを侵害する危険性が高い。また、適性評価の名の下に評価対象者の思想調査がなされるおそれがあり、思想信条の自由を侵害する危険もある。

6 立法事実が存在しない
そもそも知る権利やその他の人権を制約する立法を制定する場合には、制約の必要性を裏付ける事実(立法事実)が存在しなければならない。しかし、本法律においては、従前の秘密保護法制(国家公務員法、自衛隊法、いわゆるMDA秘密保護法、特別刑事法等)よりも処罰範囲を拡大し、重罰化し、プライバシー侵害等の危険のある適性評価制度を法制化する必要性を裏付ける事実が存在するとは到底言えない。

以上のとおり、本法律は、時の政権により恣意的に運用されるおそれが高く、憲法上看過し難い問題点が解消されぬままとなっている。
よって、当連合会は、政府及び国会に対し、本法律の廃止を強く求める。
以上のとおり決議する。

2014年(平成26年)7月4日
東北弁護士会連合会

 

提 案 の 理 由

第1 はじめに
特定秘密の保護に関する法律(以下、「本法律」と言う。)の制定に至る動きが具体化したのは、2011年(平成23年)1月に秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議(以下、「有識者会議」と言う。)が設置され、同年8月に「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」を発表された時点に遡る。かかる報告書に基づき法案化が進められたものの、2013年(平成25年)9月3日から実施されたパブリックコメントに至るまで、法案の概要が明らかとなることはなかった。
パブリックコメントでは、わずか15日間の間に寄せられた約9万件の意見のうち77%が反対意見であり、同法案については、日本弁護士連合会、全国52すべての単位弁護士会及びすべての弁護士会連合会が反対の声明を発表していた。また、同年6月には、国際連合、米州機構、欧州安全保障協力機構、人及び人民の権利に関するアフリカ委員会の関係者を含む世界70か国以上の500人を超える専門家により「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」(以下「ツワネ原則」と言う。)が作成されているが、本法律はツワネ原則にも多くの点で抵触していることが明らかになった。加えて、福島市で開催された公聴会においては公述人全員が反対、懸念を表明し、国連人権高等弁務官と国連特別報告者が異例に法案の内容に強い懸念を表明し拙速審議をしないよう求めるなど、国内外の状況から見ても本法律の問題点は明白であった。
ところが、世論の問題意識は無視され、同年11月26日衆議院において、自民党・公明党・みんなの党・日本維新の会の4党による修正案が強行採決され、同年12月6日に参議院において本法律が可決成立した。
このように本法律には成立過程にも大きな問題があったうえ、以下に述べるとおりの憲法上重大な問題を抱えており、到底看過できるものではない。

第2 国民主権、国民の知る権利と情報公開
「人民が情報を持たず、それを取得する手段も有しないならば、人民による政府と言っても、それは茶番か悲劇の始まりであり、おそらく、その両方であろう」(ジェームズ・マディソン)と言われるように、国民主権を実質化するためには、情報が公開されることが不可欠である。
しかし、福島第一原発事故の政府の対応からは、情報の隠蔽体質が明らかとなっている。原発の周辺住民の避難にあたって、SPEEDIの放射性物質の拡散状況予測を参考にすべきであったところ、かかる情報の管理、公開の遅れにより、浪江町や飯舘村の放射線量の高い地域の住民は、何も知らずに大量の放射線にさらされることとなったことなどは、忘れることができない事実である。
また、我が国においては、情報公開条例及び情報公開法ないし公文書管理法が制定されてはいるが、情報公開法では、外交・防衛・公安に関する情報に対する不開示決定について行政の裁量が極めて広く認められており(情報公開法5条3号及び4号)、そもそも原則であるはずの情報公開が実現されているとは言い難い状況にある。
国民の生命健康を守るための情報すら隠蔽する体質があり、情報公開制度も適切に機能しない中で、広範な非開示を容認するような本法律が施行されることは、極めて憂慮すべき事態である。

第3 「特定秘密」の広範性・不明確性
本法律は、主権者たる国民の知る権利やこれに奉仕する報道機関の取材の自由という表現の自由(憲法21条1項)を侵害するおそれが極めて大きい。また、その広範性・不明確性から罪刑法定主義(憲法31条)に違反する疑いが濃い。
本法律は表現の自由に対する内容規制であり、取材・報道行為を萎縮させないためには、規制対象が限定されたうえ明確に告知されなければならない。我が国の判例(最高裁1975年(昭和50年)9月10日判決)においても、過度に広範又は不明確な規制については、法令そのものが無効であると解されており、「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうか」によって、広範な規制や明確性を欠く法律の規定の合憲性を判断すべきとされている。
この点、本法律は規制対象が広範に過ぎ、明確な告知も欠くと指摘せざるを得ない。例えば、本法律は、特定秘密の取得行為及びその未遂(本法律24条2項)のみならず、特定秘密の漏えい行為の未遂ないし過失(本法律23条3項、4項)、教唆、共謀ないし煽動をも処罰対象としており(本法律25条)、広範な行為が刑事事件として立件されるおそれがある。また、取材行為については、秘密漏えい行為の教唆(本法律25条1項、23条1項)として刑罰の対象となり得る。
さらに、本法律別表で定める防衛、外交、特定有害活動の防止、テロリズムの防止の各事項に関する情報が特定秘密の対象になるとされているが(本法律第3条1項)、具体的にいかなる情報が秘密指定されているのか分からない以上、国民、とりわけ取材行為を行う報道機関にとっては、当該別表に列挙された事項については、実際の指定の有無にかかわらず処罰の可能性があると考えざるを得ず、取材活動を萎縮せざるを得ない。確かに、本法律22条2項では、「専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない」取材行為については、正当業務行為とする旨の規定は設けられているが、萎縮効果を減ずるものとはなり得ない。なぜなら、同規定の文言は抽象的で範囲も不明確であり、捜査機関による恣意的運用を十分に阻止できないからである。
こうした法律の規定からすると、一般人の理解において、具体的当該行為が本法律の適用を受けるものかどうかを判断することは困難である。これら規制による萎縮効果は極めて大きく、実質的には別表に定められた情報に対するアクセス自体が規制されているに等しい。よってこのような法律は、過度に広範かつ不明確な規制として無効とされるべきである。
以上のとおり、本法律には憲法21条1項、31条に反する重大な欠陥があるのであり、速やかに廃止されるべきである。

第4 恣意的運用に対する抑制手段の不存在
本法律には、第2及び第3で述べた基本的な問題点があるうえに、以下に述べるとおり、三権分立の観点からも憲法上看過し難い問題点がある。

1 行政自らによる監督は機能しない
本法律においては、行政機関の長による秘密指定を指揮監督する内閣総理大臣は、指揮監督に際し、有識者の意見を聴くこととなっており(本法律18条2項)、本法律の附則9条は秘密指定の適正の確保のために、「独立した公正な立場において検証し、及び監察することのできる新たな機関の設置」などの措置を講ずるものと規定している。
しかし、現在設置されている情報保全諮問会議は、特定秘密の指定・解除及び適性評価の実施に関する運用基準の策定について意見を述べるものとされており、具体的な個々の秘密指定の適否についてのチェック機能は持たない。また、具体的な秘密指定についての適否を検証するものとされている(仮称)独立公文書管理監、及び(仮称)情報保全監察室は、いずれも内閣府に設置されるものであって、中立性に問題があり、実質的なチェック機能は期待できない。同様に、秘密指定についてのチェック機関とされている(仮称)保全監視委員会は、(仮称)情報保全諮問会議及び国会への報告を作成するものとされているが、この機関も内閣官房に設置されることとされており、中立性・独立性が担保されていない。ツワネ原則31においても、監視機関が、監視対象機関から組織・運営・財政の面で独立しているべきとされているが、上記の行政機関による監督制度はこのようなツワネ原則の要請を満たすものとは到底言えない。
そうすると、内閣総理大臣による指揮監督は、政府にとって都合の悪い情報を秘密指定している場合には十分な監督は期待できず、実効性はないものと言わざるを得ない。

2 国会による検証、監督も機能しない
仮にも、主権者である国民に対し、特定秘密を公開しないこととすることが正当化されることがあるとすれば、本来特定秘密指定の適否や特定秘密に関わる政策の当否については、全国民の代表である国会議員により検証、監督されるべきところである(ツワネ原則36参照)。しかしながら、本法律においては、国会は特定秘密指定の運用状況の報告を受けることとなっているにとどまり(本法律19条)、本法律上国会には秘密指定の適否について特段の監督権限は認められていない。また、行政機関の長が「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」(本法律10条1項1号柱書)があると判断すれば、特定秘密の国会に対する提供がなされず、国政調査権(憲法62条)や質問権(国会法74条乃至76条)も制約されるおそれがある。加えて、本法律は、国会議員による特定秘密の漏えい等について、処罰の対象から除外しておらず(本法律23条)、当該国会議員が参加した秘密会の委員以外の国会議員、政策秘書などとの相談、議論が制限されることとなる。このような本法律の国会の位置付けは、議院内閣制を採用し、国会を国権の最高機関(憲法41条)と位置付ける我が国の統治体制を否定するに等しく、国会による検証、監督も機能しないものと言わざるを得ない。
本年6月20日に成立した国会法の一部改正によって情報監視審査会が衆参各議院に設置されることとなった。しかし、情報監視審査会には特定秘密に対するアクセス権限が付与されているわけではなく、行政機関の長が「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」があると判断し、内閣がその旨の声明を発しさえすれば情報監視審査会への特定秘密の提出を拒むことができ(本法律10条1項1号、国会法102条の15)、情報監視審査会の勧告にも強制力はないため、審査会が特定秘密指定の運用を不当と考えても最終的には行政機関の長の判断で特定秘密指定を維持できる。したがって、情報監視審査会が設置されても特定秘密指定について十分に監視機能を果たすことはできない。

3 司法による抑制も期待できない
取材行為など特定秘密へのアクセスに対する本法律の処罰類型だけを見ても、上記のとおり、特定秘密の取得行為及びその未遂、特定秘密の漏えい行為の未遂ないし過失、教唆、共謀ないし煽動等の広範な行為が刑事事件として立件されるおそれがある。にもかかわらず、刑事訴訟においても、行政機関の長が「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」(本法律10条1項1号柱書)があると判断すれば、特定秘密の裁判所に対する提供がなされず、特定秘密の内容が明らかにされないまま公判手続を進めざるを得ない。
国会における政府答弁によれば、秘密指定の基準の存在、特定秘密に指定された手続、秘密指定を相当とする理由などの外形的事実から秘密指定の必要性を推認する、いわゆる外形立証によって秘密の内容そのものを明らかにしなくても対応できるとされている(2013年(平成25年)11月28日参議院国家安全保障特別委員会における森まさこ大臣答弁等)。しかし、外形立証は、例えば東京高裁1969年(昭和44年)3月18日判決(国家公務員法100条1項違反被告事件。いわゆる西山記者事件)など、秘密の内容を知っている公務員の秘密漏えいの罪の公判について議論されてきたものである。上記特定秘密へのアクセスについて広く処罰対象となっている本法律においては、とりわけ未遂や教唆の場合に被告人は秘密の内容を知らず、公判においても明らかにされないため、防御の対象が明確にならないまま有罪判決を受ける可能性すらある。
ツワネ原則29においても、被告人及びその弁護人に対し、「公正な裁判を確実に行うために必要な」情報を、機密扱いであっても開示するべきとしており、公的機関が開示を拒んだ場合には、審理の停止や起訴の棄却をすべきとしているが、本法律は、上記のような特定秘密の内容を知ることができない被告人の刑事裁判における公正な裁判を受ける権利の保障への配慮を全く欠いており、憲法32条、37条にも反する。
よって、本法律の恣意的運用に対しては、司法的抑制も十分に機能するとは言えない。

第5 適性評価の問題
本法律は、特定秘密を取り扱う者を選定するために、適性評価制度(本法律第5章)を導入している。これは、特定秘密を取り扱わせようとする者(評価対象者)の特定有害活動及びテロリズムとの関係に関する事項、犯罪及び懲戒の経歴、情報の取扱いにかかる非違の経歴、薬物の濫用及び影響、精神疾患、飲酒についての節度、信用状態その他の経済的な状況といったセンシティブ情報をも調査事項とするものである(本法律12条2項)。加えて、特定有害活動及びテロリズムとの関係に関する事項については、評価対象者の家族及び同居人の氏名、生年月日、住所といった個人情報も調査の対象となっている。適性評価制度は、評価対象者やその親族のプライバシー(憲法13条)を侵害する危険性が高いものである。
また、同制度は、特定有害活動及びテロリズムとの関係に関する事項を調査対象としているところ、例えばテロリズムについては、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要」する目的の殺傷・破壊活動とされていることから、適性評価の名の下に評価対象者の「政治上その他の主義主張」すなわち思想の調査がなされるおそれもあり、思想信条の自由(憲法19条)を侵害する危険もある。

第6 立法事実の不存在
本法律が規制する公務員による秘密の漏えい行為については、国家公務員法、自衛隊法、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(いわゆるMDA秘密保護法)及び刑事特別法などの秘密保護法制が存在している。
これらの法律の下で、公務員による守秘義務違反が頻発したり、スパイ行為による秘密漏えいが頻発したりした事実は、政府から説明されていない。また、政府が挙げている秘密漏えい事件は、2000年(平成12年)以降8件に過ぎず、そのうち犯罪として起訴され有罪となったのは2件のみであり、うち1件は執行猶予が付されている。しかも、有識者会議の資料によれば、これらの事件を受けて、各機関において再発防止のための対策を講じているとされている。
したがって、本法律の立法事実について、政府が合理的な説明を尽くしているとは到底認め難い。にもかかわらず、処罰範囲を拡大し、重罰化することは、罪刑均衡原理(憲法31条)から不当であることが明らかである。

第7 結び
以上のとおり、世論の問題意識を無視して成立した本法律には憲法上看過し難い問題点が多数存在する。このまま本法律が施行されれば、恣意的運用を防止できず国民の人権を侵害する危険も大きい。
よって、当連合会は、政府及び国会に対し、本法律の廃止を強く求める。