政府は、本年1月31日の閣議において、本年2月7日に定年退官する予定だった東京高等検察庁検事長黒川弘務について、それまでの政府解釈を変更し、国家公務員法(以下「国公法」という。)81条の3第1項(定年退職の特例)を根拠に、その勤務を6か月(8月7日まで)延長する決定を行った(以下「本件閣議決定」という。)。
しかし、検察官の定年は、検察官の職務と責任の特殊性に基づき、一般法である国公法ではなく特別法である検察庁法によって定められている。さらに、昭和56年、国公法の改正により国家公務員の定年制度(国公法81条の2~同条の5)が導入されたが、その際に国会で、国家公務員の定年制度は検察官には適用されないと説明されていた(政府見解。1981年4月28日衆議院内閣委員会)ことからして、国公法第81条の3第1項が、検察官には適用されないことは明らかである。
検察官は、強大な捜査権を有し、起訴権限を独占する立場にあって、準司法的作用を担っており、犯罪の嫌疑があれば政治家をも、ときに総理大臣でさえ捜査の対象とすることから、厳正公平、不偏不党でなければならない。上記検察庁法と国公法の規定と解釈は、検察官の人事に対する政治の恣意的な介入を排除し、検察官の独立性を確保するためのものであり、憲法の基本原理である権力分立から要請されている。
本件閣議決定は、ときの政権が、権力者の犯罪をも捜査対象とする検察官の人事に不当に介入する問題であると一般社会から受け止められ、検察官の政治権力からの独立性についての強い疑念を生み出すものとなる。
したがって、当連合会は、本年3月14日、国公法の解釈変更による本件閣議決定は、検察庁法22条に違反するほか、国公法81条の3が検察官に適用されるという違法な解釈に変更することについての具体的な必要性について内閣からまともな説明がなされていないことを踏まえ、本件閣議決定を直ちに撤回することを求める会長声明を発出した。
しかし、政府は、その後も本件閣議決定を撤回しないばかりか、本年3月13日、検察庁法改正案を含む国公法等の一部を改正する法律案を通常国会に提出した。この検察庁法改正案は、全ての検察官の定年を現行の63歳から65歳に引き上げることに加え、63歳の段階でいわゆる役職定年制を定めつつ、内閣又は法務大臣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案し」「公務の運営に著しい支障が生じる」と認めるときは、役職定年を超えて、あるいは65歳の定年さえも超えて当該官職で勤務させることができるようにしている(検察庁改正法案第9条3項ないし第5項、第10条第2項、第22条第1項、第2項、第4項ないし第7項)。
この改正案によれば、内閣及び法務大臣の裁量によって検察官の人事に介入をすることが可能となり、検察に対する国民の信頼を失い、さらには、準司法官として職務と責任の特殊性を有する検察官の政治的中立性や独立性が脅かされる危険があまりにも大きく、憲法の基本原理である権力分立に反する。
よって、当連合会は、違法な本件閣議決定の撤回を改めて求めるとともに、国家公務員法等の一部を改正する法律案中の検察官の定年ないし勤務延長に係る特例措置の部分に強く反対するものである。
2020年(令和2年)5月15日
東北弁護士会連合会
会 長 内田正之
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