1 問題の状況
 東京電力福島第一原発事故(以下、「本件原発事故」という。)が発生してから9年が経過した。
   本件原発事故による被害者の損害賠償請求の消滅時効については、2013年(平成25年)12月に施行された「東日本大震災における原子力発電所の事故により生じた原子力損害に係る早期かつ確実な賠償を実現するための措置及び当該原子力損害に係る賠償請求権の消滅時効の特例に関する法律(以下、「時効特例法」という。)」により、「被害者が損害及び加害者を知った時から10年間行使しないとき」又は「損害が生じた時から20年を経過したとき」は時効によって消滅するとされ、民法上の不法行為による損害賠償請求権の時効期間よりも延長されるに至った。
 そして、現時点において、本件原発事故から9年が経過し、およそ1年後の2021年(令和3年)3月11日以降、少なくとも法律上は、被害者らの損害賠償請求権の一部について、順次時効消滅する可能性が迫っている。
2 時効期間延長の必要性と相当性
 本件原発事故は、我が国史上類を見ないほど広範かつ深刻なものであり、極めて多数の被害者が存在すること(原子力損害賠償紛争審査会の指針等で賠償請求が認められた被害者は100万人以上にのぼる)、個々の被害者に性質や程度の異なる損害が同時に、かつ、日々継続的に発生していること、突如として発生した事故のために十分な準備時間が与えられないまま避難し、その後避難生活が長期化したこと等の事情により、損害額の把握やその算定の基礎になる資料収集に支障をきたす等の特殊性がある。
 特に、避難による関連死の賠償について事故前の心身の状態に関する資料及び事故後の心身の状態の推移に関する資料収集に困難をきたす事例は多く、不動産等の賠償について数次にわたる相続関係の処理等に長期間を要する事例も現に残存している。
 これらの特殊性からすれば、被害者が自らの損害をもれなく請求することは極めて困難であり、時効特例法が施行されたにもかかわらず、賠償請求権が時効により消滅してしまうという事態が生じることが強く懸念される。
上記本件原発事故による損害賠償の特殊性からは、法律関係における早期安定という時効の制度趣旨からの要請よりは、むしろ、期間をかけて損害の完全な賠償がなされるべきとの要請が強い。
 加えて、東電は、2019年(令和元年)10月30日に公表した「原子力損害賠償債権の消滅時効に関する当社の考え方について」においても、「ご請求者さまの個別のご事情を踏まえ」という、あくまで留保付きでの「柔軟な対応」を行うとの姿勢を変えていない。東電がこれまでの賠償請求事案に対し、被害救済に積極的な対応をとっているとは言い難く、今後の賠償事例において消滅時効を主張することが懸念される。現に、東電による上記考え方の公表後も、賠償請求権が時効で消滅してしまうかもしれないという不安を抱えて法律相談に訪れる被害者が現れている。上記特殊性からすれば、いまだ生活の立て直しや損害回復に窮する被害者に対し、時効の起算点という専門的かつ複雑な問題点について争うことを強いる事態になること自体が、過大な負担及び不安を与えるものである。
 このような現状からは、時効期間再延長の立法の必要性は極めて高い。
 一方で、かかる立法措置を行うにあたり、他の不法行為による賠償請求権の時効期間との均衡の点は問題となりうるが、2020年(令和2年)4月1日より施行予定の民法(債権法)改正(724条)では、生命・身体の侵害による損害賠償請求権の期間制限については、保護法益の重要性及び被害者保護の観点から、「損害及び加害者を知った時から5年」「不法行為の時から20年」とされ、いずれの期間についても除斥期間ではなく消滅時効期間とされている。このことからすれば、本件原発事故による損害賠償請求権の消滅時効期間を「損害が生じたときから20年」とするような改正は、必ずしも現在の法体系と著しく整合性を欠くものでもない。
3 結論
 上記の理由により、当連合会は、国に対し、時効期間の再延長のための立法措置(時効特例法の改正等、例えば、消滅時効期間を単に「損害が生じた時から20年」とする等)を求める。

                          2020年(令和2年)3月14日  
                            東北弁護士会連合会
                             会 長  石 橋 乙 秀