1 東京電力株式会社(以下、「東京電力」という)の福島第一原子力発電所事故(以下、「本件原発事故」という)による損害賠償に関する総合特別事業計画の変更申請が、本年2月4日に経済産業大臣の認定を受けた。その中には、損害賠償請求権の消滅時効に関する取扱が含まれており、更に同日、東京電力は「原子力損害賠償債権の消滅時効に関する弊社の考え方について」とするコメントを発表している。
  しかしながら、それらの内容は被害者救済のための十分な内容と言うにはほど遠く、到底容認できない。

2 即ち、東京電力の考え方は大要以下のとおりである。
(1) 消滅時効の起算点は東京電力が中間指針等に基づいて賠償請求の受付をそれぞれ開始した時とする。
(2) 仮払補償金を支払った被害者の方に対して請求書やダイレクトメール(以下、「請求書等」という)を送付しているところ、それらは「債務の承認」にあたるので、それを受領した被害者については受領により時効は中断し、その時点から新たな時効期間が進行する。
  ただし、この時効中断は仮払補償金の支払をした被害者に対してのみ適用される。
(3) 上記以外の被害者については、請求者の個別の事情を踏まえ、消滅時効に関して柔軟な対応を行う。

3 上記によれば、避難等対象地域に居住し、仮払補償金の支払を受けた被害者については、東京電力が請求書等を送付し、それを受領している限りそこから3年間は消滅時効の援用はされないことになるが、仮払補償金の支払を受けなかった者や何らかの事情により請求書等を受け取らなかった者については「賠償請求の受付を開始した時」から3年で時効が援用される可能性があることになる。
  また、仮払補償金の支払を受けた被害者であっても、今後、請求書等の発送をいつ頃まで続けるのかは東京電力の一存にかかっているのであり、東京電力がどこかの時点で発送を辞めれば、そこから3年の経過で消滅時効を主張されかねないことになる。従って、同じ問題がすぐにも再燃することになる。
  更に、仮払補償金の対象になっていない被害者については、東京電力が賠償請求の受付を開始した時から3年を経過すればいつでも消滅時効の主張が可能となる。東京電力は、柔軟に対応するとは言うものの、結局時効を主張するかしないかは東京電力の一存に委ねられることになってしまい、東京電力の裁量の幅が広すぎる。
  これでは、実質的には時効の起算点が僅かに後ろにずれただけで、後は通常の民法通りの取扱をするのと変わらない結果になる虞がある。

4 上記変更申請提出に先立つ1月11日の報道では、東京電力の廣瀬直己社長は福島県知事らとの会談において、「民法上の消滅時効を主張しない」との考えを明らかにしたとされていた。それにも関わらず、結果的には大多数の被害者に対して、消滅時効を主張する可能性を前提とした事業計画を提出していたことになる。これは極めて背信的な後退であると評価せざるを得ず、誠に遺憾である。

5 そもそも、本件原発事故は、国策により推進されてきた原子力政策の過誤によってもたらされた、未曾有の大被害である。
  福島県では10万人規模の被害者が県内外への避難を余儀なくされ、未だにその多くが避難生活を送っている。被害者は生活基盤を、故郷を、コミュニティを、平穏な日常を、全て根こそぎ奪われ、今も先の見えない苦しい生活を強いられているのであって、生活再建にはほど遠い状態と言わねばならない。その状態は今後何年続くのかも分からない。
  また、それ以外の地域においても、多くの被害者が、放射能の影響がいつまで続くのか、被ばくによる身体・生命への被害がいつどのような形で現れるのか、はっきり分からないまま、恐怖と向き合い、不安な日々を過ごしている。風評被害等、地域の産業に及ぼした負の影響も、まだ全容すら明らかになっていない。

6 他方で、国や東京電力は、本件のような原発事故の危険性を省みることなく、あえて安全神話の下に原子力政策を推進し、これにより東京電力は莫大な利益を享受してきた。原発事故被害者は、国と東京電力の犠牲者とも言える。
  それにも関わらず、未だ広範に被害が継続し、多くの被害者が権利行使もままならない生活を強いられている現状において、短期間で消滅時効を援用できる可能性を残そうとする東京電力の対応は極めて不誠実であり、背信的である。
  そのような取扱が認められるとすれば、社会正義に反する事態と言わねばならない。東京電力と国は、原発被害者の最後の1人に至るまで、消滅時効により責任を逃れることなく賠償を行うべきである。
  東京電力の考え方は、民法第146条により「時効の利益は、あらかじめ放棄することができない」とされていることを根拠とし、それゆえに債務承認という手法を入れることによって消滅時効の成立を回避しようとするものであるが、それでは結局東京電力の自発的意思によって消滅時効の主張がなされるかどうかが左右されることは避けられない。したがって、現行規定を前提にするだけでは不十分であり、何らかの立法的措置が必要であると言わざるを得ない。

7 当連合会は、平成24年5月2日付要望書をもって、東京電力に対し、原発事故による損害賠償請求に関して、直接請求の場合においても紛争解決センターの総括基準や和解実例を踏まえて適切に対応するなど、原発事故被害者に対する早急で完全な救済を求める旨の要望をした。
  しかるに、現状では、紛争解決センター自体の処理が遷延していることもあって、未だに被害者に対する救済は十分に行われているとは到底言えない状況が続いている。それにも関わらず、3年間での消滅時効主張の可能性を広範に残そうとする東京電力の対応は極めて不当であり、当連合会としては看過できない。

8 よって、当連合会は、国及び東京電力に対し、原発賠償請求に対して消滅時効の主張をしない旨の総合特別事業計画の再度の変更及びその認定をなすべきことを改めて求めると共に、国に対して、原発被害による損害賠償請求権については消滅時効の規定を当面停止するか、あるいは全ての被害者が完全な賠償を受けるために必要十分な期間まで消滅時効期間を延長するなど、実質的に時効の主張がなされないようにする特別法を速やかに制定することを求めるものである。

2013年(平成25年)2月8日
東北弁護士会連合会
会長 中 林 裕 雄