決議の趣旨

1 東日本大震災が発生してから8年が経過し、この間にも多くの災害が発生してきた。我々弁護士は、災害が起きる都度、その直後から、法律相談活動をはじめとする被災者支援の活動を継続して行ってきたが、そうした被災者支援の活動の中で、強く感じることは、法による被災者支援のあり方の問題点である。

 被災者が災害によって受ける被害は、住家被害のみならず、生業の喪失、健康面の被害、コミュニティの崩壊等、多様なものであり、その影響は被災者ごとに異なるのであるから、被災者支援のあり方は、災害により影響を受けた一人ひとりに、それぞれが抱える事情を踏まえた支援を届けるという考え方によるべきである。

 かかる支援の方法を「災害ケースマネジメント」と呼び、具体的には、被災者一人ひとりから、そのニーズを聞き取り、ニーズにあわせた情報を提供することで、必要な支援を理解してもらい、そうした必要な支援を複合的に提供することで、きめ細やかな支援を可能とし、被災者の生活再建の早期実現を目指すこととなる。

 ところが、被災者支援の現状は、必ずしもそうはなっていない。

 例えば、災害が発生し、要件を満たせば、災害救助法が適用されることとなるが、応急修理制度を利用すると応急仮設住宅には入居できなくなるなど、被災者を取り巻く環境とは関係なく、形式的に運用されているという問題がある。

 また、その後の生活再建の支援について、東日本大震災においては、発生後8年を経過した今なお、様々な理由で、住家を十分に修繕することができずに、不自由な生活を強いられている在宅被災者が多数存在し、必要な福祉的支援などを受けることもできていなかったことが報告されている。

 被災者一人ひとりの生活再建のためには、「災害ケースマネジメント」を制度化し、地域や災害を問わず、被災者一人ひとりに寄り添った支援を可能とする必要がある。

2 さらに、「災害ケースマネジメント」を実効的にするには、様々な専門性を持った支援者が連携して支援に当たる必要がある。

 災害発生後には、我々弁護士会をはじめとする専門士業団体、各種のNPO法人、現地の有志団体等、様々な民間団体が被災者支援活動を行い、これが被災者の生活再建の助力となっている。

 東日本大震災の被害を受けた岩手県沿岸地域においても、相当数の団体が活動し、被災者の復興を支えてきたことがアンケート調査によって明らかとなった。

 しかしながら、一つの団体においてできる支援は被災者の抱える問題の一つの側面に関するものに過ぎず、「災害ケースマネジメント」の目指す、被災者一人ひとりに必要な複合的な支援は不可能である。

 よって、「災害ケースマネジメント」を実効的なものとするには、複数の民間団体が連携し、また、行政とも連携することが是非とも必要である。

 災害対策基本法第5条の3は、国及び地方公共団体にボランティアとの連携を義務づけているが、それのみならず、多様な民間団体との連携についても義務づけるべきである。

 そして、我々弁護士をはじめとする専門士業団体、各種NPO団体などとの連携について、防災基本計画、地域防災計画に規定することで、平時からの関係性作りが進み、被災時に充実した支援が可能となるのである。

3 全ての被災者が、「災害ケースマネジメント」による支援を受けるためには、支援する側から、積極的に被災者を捜し、そのニーズを把握するという手段が不可欠である。

 被災者であるにもかかわらず、様々な理由で避難所に行くことができなかったために支援策を知らなかった被災者や、自分では支援の申請ができずに、過酷な状況での生活をしている被災者が数多く存在するのである。

 そして、把握できたニーズに対しては、十分な情報が提供されなければならない。

 被災者は、被災直後から、恐怖や不安を感じると共に、生活再建のための有益な情報を欲している。我々弁護士の行ってきた法律相談活動も、その多くは、被災者に対する情報提供の活動だったということができる。

 加えて言えば、被災者に対する情報提供は、単に情報の提供だけでは足りず、そうした情報をどのように活用するのかというところまで支援をしなければならない。

 応急修理制度を利用したために、仮設住宅に入居できず、極めて不便な生活を余儀なくされるというような事態は、適切な情報が提供され、支援策選択のための助力が得られれば生じなかったことだと言わざるを得ない。

 こうしたニーズの調査や情報提供支援は、被災者の生活再建支援として不可欠なものであり、災害救助の段階から行われる必要があるものであるから、災害救助法に基づく救助として明確に位置づけるべきである。

4 そこで、当連合会は、法律問題の専門家集団として、自らもその支援体制の一部として被災者に寄り添った支援を継続しつつ、多機関連携による支援体制確立のために努力することを宣言すると共に、「災害ケースマネジメント」の制度化を実現するため、国や地方自治体に対して、次のとおり必要な法改正等を求める。

(1) 災害対策基本法を改正し、国及び地方公共団体に対して、ボランティアとの連携のみならず、弁護士等専門士業団体を含む各種の民間団体との連携の強化を義務づけ、多機関連携による被災者支援の仕組みを策定すること。

(2) 国は防災基本計画に、都道府県及び市町村は、地域防災計画に、弁護士等専門士業団体を含む各種の民間団体の連携による支援策を計画・記載し、その体制づくりに努力すること。

(3) 災害救助法を改正し、同法の救助の一つとして、被災者のニーズ調査及び生活再建支援のための情報提供業務を定めること。

以上のとおり決議する。

2019年(令和元年)7月5日

東北弁護士会連合会


提案理由

第1 東日本大震災後の災害発生の状況

 1 2011年3月11日、東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所事故が発生してから、8年が経過した。東北地方太平洋沖を震源地とする1000年に1度と言われる程大きな地震により、東北地方のみならず、東日本全体に大きな被害が発生した。特に、東北地方の太平洋沿岸の地域では、地震によって生じた津波により、甚大な被害を受けた。

 また、この地震・津波に端を発し、東京電力福島第一原子力発電所事故が発生したことで、福島県内においては、地震・津波被害に加えて、放射線からの避難という被害も生じてしまった。

 死者は1万9689人、行方不明者は2563名に上り、住家被害も全壊が12万1995棟、半壊が28万2939棟、一部破損が74万8109棟、床上浸水が1628棟、床下浸水が1万75棟、非住家の被害も10万棟を超える、未曾有の災害だった。

 被災地域においては、高台移転や浸水地域のかさ上げ工事による、新たな住宅地の造成、災害公営住宅の建設、その他の公共施設の建設、整備等、復興のための事業は進みつつある状況である。

 一方で、現在でも、各県の公表しているところによれば、岩手県では990戸、2113名(2019年3月31日現在)が、宮城県においては、300戸、643名(2019年3月31日現在)が、福島県においては368戸、581名(2019年3月29日現在)が仮設住宅(民間借上住宅を含む)での生活を続けざるを得ない状況におり、また、福島県においては、復興庁が公表しているだけでも、3万2476名が未だに県外に避難している(2019年3月11日現在)。

 2 頻発する災害

 東日本大震災以降、今日までの間にも、平成26年8月豪雨(2014年8月)、平成27年関東・東北豪雨(2015年9月)、熊本地震(2016年4月)、平成28年台風10号(2016年8月)、平成29年7月九州北部豪雨(2017年7月)、大阪北部地震(2018年6月)、平成30年7月豪雨(2018年7月)、北海道胆振東部地震(2018年8月)など、多くの災害が頻発してきた。

 比較的規模の大きな災害だけでも、これだけの数に上り、さらに、竜巻、台風、豪雪などにより相当数の災害が発生している。

 しかし、その全ての災害において、等しく、同様の支援が行われたかは大きな疑問が残る。

 また、別表のとおり、全ての被災地において、全壊以外の被害が極めて多数発生していることがわかり、後に述べるように被災者支援の偏りが問題となる。

第2 被災者支援制度の現状等

 1 災害対策基本法

 同法は、「国土並びに国民の生命、身体及び財産を災害から保護するため、防災に関し、基本理念を定め、国、地方公共団体及びその他の公共機関を通じて必要な体制を確立し、責任の所在を明確にするとともに、防災計画の作成、災害予防、災害応急対策、災害復旧及び防災に関する財政措置その他必要な災害対策の基本を定めることにより、総合的かつ計画的な防災行政の整備及び推進を図り、もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資することを目的と」して定められている(同法第1条)。

 そして、その目的を達成するため、内閣府に中央防災会議を置き(同法第11条第1項)、中央防災会議は防災基本計画を作成し、実施を推進する(同条第2項第1号)。

 都道府県は都道府県防災会議を置き(同法第14条第1項)、都道府県防災会議は、都道府県地域防災計画を作成し、実施を推進する(同条第2項第1号)。

 市町村は、原則として市町村防災会議を置き、市町村地域防災計画を作成し、実施を推進する(同法第16条。会議を設置しない市町村は、市町村長が作成し、実施を推進する。同法第42条第1項)。

 これらの防災計画は、国民、都道府県民、市町村民の生命、身体及び財産を災害から保護するとの視点で定められるものであり、災害応急対応の対策等についても係る計画により定められることとなっており、災害発生時において、被災地域の被災者支援の指針となる、極めて重要な計画である。

 また、同法は、東日本大震災後の2013年6月21日に改正され、「ボランティアによる防災活動が災害時において果たす役割の重要性に鑑み、その自主性を尊重しつつ、ボランティアとの連携に努めなければならない」として、ボランティアとの連携を定めるに至った。

 被災時における、ボランティア、ボランティア団体による被災者への支援活動が、多くの被災者を助けてきたことには全く異論がなく、災害対策基本法において、国や地方自治体に対して、ボランティアとの連携が義務づけられたことは、被災者支援の体制整備のためには重要な一歩が示されたものと評価できる。

 2 災害救助法による救助

 災害救助法は、災害時の救助として避難所及び応急仮設住宅の供与(同法第4条第1号)、炊き出しその他による食品の給与及び飲料水の供給(同条第2号)、被服、寝具その他生活必需品の給与又は貸与(同条第3号)、医療及び助産(同条第4号)、被災者の救出(同条第5号)、被災した住宅の応急修理(同条第6号)等を定めている。

 これらの救助の内容は、いずれも被災直後の被災者にとって、重要で、かつ、必要な支援であることは間違いないが、実際の支援の在り方については疑問も多いということを指摘せざるを得ない。

 例えば、応急仮設住宅は、内閣府告示第228号において、「住家が全壊、全焼又は流出し、居住する住家がない者であって、自らの資力では住家を得ることができないもの」に対して供与されるとされており、内閣府による災害救助事務取扱要領においては、被災した住宅の応急修理又は障害物の除去との併給は認められないこととされている。

 この取扱により、災害により住家に被害を受けた被災者が災害救助法に基づく救助の内容を十分に検討することなく応急修理制度を利用したところ、結果として安定して居住するに足りる程度に修繕することができず、また応急仮設住宅にも入居できないという相談はこれまで発生した災害において多く寄せられてきた。

 また、現物支給が原則であるとか、形式的な平等主義により、法文上は得られるはずである支援が、運用上得られなかったという実例も少なくない。

3 被災者生活再建支援法による支援

 同法は、罹災認定において、住宅の被害について、全壊又は大規模半壊の認定を受けた世帯に対して、被災者生活再建支援金を支給することで、住宅の早期再建を助けるものである(同法第3条)。

 しかしながら、上記のように、これまで発生してきた多くの災害においては、全壊、大規模半壊の認定を得られなかった世帯が数多く存在する。

 しかも、その認定の差は微妙な差であり、ほぼ同じような被害を受けたにもかかわらず、一方は大規模半壊の認定を受け、他方は半壊の認定を受けたという事例も存在する。

 この点、全国知事会も、被災者生活再建支援制度の充実と安定を図るための提言(2018年11月9日)において、被災者生活再建支援制度の支給対象を半壊まで拡大することを国に要請している。

 同法の支援自体は被災者にとって必要なものであり、また、その拡大も必要であるが、被災者の生活再建支援と言いながら、現在の災害法制では、住家への被害のみを基準として、住家の再建についてのみ支援金が支出されるということになる。しかし、現状では,半壊の認定をされた被災者には支援金が支出されないため、「災害ケースマネジメント」に基づく救済が必要である。

第3 弁護士・弁護士会による被災者支援

 1 我々、弁護士・弁護士会は、被災者の支援のために、様々な活動を行ってきた。法律相談、各種の災害関連の事件の受任、被災ローン減免制度のための支援、多くの法律改正、運用改善の提言、これらは全て、被災者一人ひとりが「人間の復興」を遂げることを目的としている。

  当連合会は、2011年7月8日、東日本大震災の被災者救済と被災地の復旧・復興を求める決議において、基本的人権の保障の理念のもとで、一人ひとりが立ち直るための「人間の復興」が図られなければならないことを指摘し、そうした理念に基づいて被災者支援活動を継続してきたのである。

 岩手弁護士会が行ってきた被災者支援の活動をいくつか例に挙げる。

 2 東日本大震災時における「岩手弁護士会ニュース」の発行

 東日本大震災においては、被災した地域が広範囲に及んでいたことや交通網・通信網への被害も甚大であったため、被災後すぐに弁護士が全ての避難所等に赴くことは困難であった。そういった中でも、我々弁護士は、被災地域における法律相談活動を早期からはじめ、現在まで継続してきている。

 もっとも、被災直後においては、法律相談は、法的な問題についてその法的な解決策などについて相談するという、典型的な法律相談ではなく、被災者支援制度をはじめとする様々な情報提供を行う場として機能した。

 被災者が被災直後に感じるのは、被災による恐怖、将来どうなるのかという不安、そして、そのような立場にいる自分にとって、どのような有益な情報があるのかを知りたいということである。

 さらに、避難生活が進めば、具体的な生活再建のための支援制度や住宅再建のための資金に関する情報も求めるようになる。

 すなわち、被災者は、被災直後から、具体的な内容は変化させつつも、生活再建に向けた情報を欲しているのである。

 被災者の欲する情報は多くあったため、岩手弁護士会では、被災者が求めている情報をできる限りコンパクトにまとめた「岩手弁護士会ニュース」を作成し、各避難所等に貼付、配布等して情報提供を行い、被災者から好評を得た。配布や貼付に関しては、各被災自治体に依頼し、協力を得たこともあった。

 また、時間の経過と共に明らかとなった問題点や変化してくる被災者のニーズに合わせて、一人ひとりの被災者に情報が行き届くよう、内容を変えて何度も「弁護士会ニュース」を発行して、配布を続けてきた。

 このような情報提供の有用性は広く認知されており、東日本大震災以降に発生した災害に関する支援策の一つとして、各県の弁護士会において同様のニュースが作成され、それを利用した情報強提供が行われている。

 また、将来発生するとされている東南海地震ないし南海トラフ地震で大きな被害を受けることが予想されている静岡県においては、静岡県弁護士会と自治体が既に協定を締結し、静岡県弁護士会が作成した弁護士会ニュースを避難所の備蓄品として備えており、発災後速やかに避難所に貼り出され、被災者への情報提供が行われることとなっている。

 3 陸前高田市における仮設住宅巡回相談

 岩手県陸前高田市においては、岩手弁護士会は、陸前高田市、同市内で活動するNPO法人まあむたかたと協働し、1年間かけて陸前高田市によって設置された全ての仮設住宅を巡回し、「お茶っこ」(集まってお茶を飲みながら話をすることを意味する方言)をしながら住家の再建に伴い受給できる支援金や補助金等についての情報提供をするとともに、雑談等から被災者が抱える悩み等を聴取する活動を行なった。この活動は形態を変えながら継続しており、現在は仮設住宅及び災害公営住宅を巡回している。

 この活動は、元々難民支援協会によって行われていた活動を岩手弁護士会が引き継いだ形で実施されており、民間の団体同士の連携が機能したものと考えられる。

 4 平成28年台風10号災害における「岩泉よりそい・みらいネット」の活動

 平成28年台風10号災害に関して、岩手弁護士会は、特に被害が大きかった岩泉町において、岩泉町、岩泉町社協、県内のNPO団体等と協働し、仮設住宅や岩泉町内の役場の支所を巡回して相談を受ける取組みを行なった。

 この活動では、住民が抱える多様な課題について、弁護士が社会福祉士らと連携し、障がい者、高齢者等様々な支援活動をしている民間団体と協力して解決を図る取組みを行っている。

 相談の方法も、相談場所での相談に限らず、状況に応じてアウトリーチも行う。行政のケース会議に出席して意見を述べるとともに、支援を要する世帯を把握し、実際に訪問をして具体的な状況を確認し、支援を行う等の取組みもなされている。

第4 多様な民間団体による支援

 1 岩手県大船渡市で活動していた公益財団法人共生地域創造財団は、大船渡市の浸水域を把握し、そこから海側に存在する全戸を訪問し、在宅被災者の有無を調査した。その調査結果を行政と共有した上で、行政からの委託を受けて、在宅被災者支援の活動を継続してきた。

 利用できる支援制度の案内、それらの利用のための助力、制度利用後も、アフターケアのために訪問を繰り返すなど、手厚い支援を継続して行っている。

 当初行ったニーズ調査は極めて重要であるが、被災地域の行政がこれを行うことはマンパワー的にも相当困難であると思われる。被災前から、支援団体との連携を図り、被災直後に調査を開始することができれば、早期に被災者の状況を把握することが可能となり、支援物資の配布や、その後の支援制度の案内などについて、漏れなく実施することができるようになるものと思われる。

 2 上記の岩泉よりそい・みらいネットは、NPO法人フードバンクいわて、NPO法人暮らしのサポーターズ、公益財団法人共生地域創造財団、NPO法人いわて連携復興センター、NPO法人遠野まごころネット等の支援団体と、岩泉町内のNPO法人クチェカ、岩手弁護士会が連携し、岩泉町とも協力し、官民協働プロジェクトとして、平成28年台風10号災害の被災者支援を始めた取組みである。NPO法人クチェカに所属する社会福祉士が岩泉町内における窓口、コーディネーターを担い、弁護士やその他生活支援、高齢者支援、障がい者支援を行っている民間団体が連携して、個々の相談事案に対応することが可能となっている。

 得意分野を異にする民間団体が協働することで、個々の相談事案について、それぞれの立場から検討し、協議していくことができることから、利用者は、自らの抱える複数の悩みについて、一度に相談し、助言等を得ることが可能となり、極めて有用である。

第5 被災者支援における問題点

 1 上記のように、我々弁護士も、その他の民間団体も、様々な支援活動を展開してきたが、その支援活動の中で、被災者支援の制度に、多数の問題点が存在することが明らかになってきた。

 2 応急修理と仮設住宅

 (1) 東日本大震災のみならず、その後に発生した災害においても、応急修理制度と応急仮設住宅への入居の制度の間で、多くの被災者が支援を受けることが出来なくなる例が多く報告されている。

 (2) 上述のとおり内閣府告示によると応急修理の制度を利用した場合、応急仮設住宅制度を利用することができない。

 この取扱のために、応急修理制度を利用したが、居住するに足りる程度まで修繕することができなかった被災者が応急仮設住宅への入居を希望しても、認められないこととなってしまう。

 その結果、トイレも風呂も使うことのできない自宅での生活を強いられている被災者が存在するのである。

 (3) このような事態は、早期に、応急修理制度と応急仮設住宅制度についての情報が提供され、その選択による影響等について、正しい知識が提供されれば、一定程度は防ぐことができたのではないかと思われる。

 少ない情報の中、どうなるかも分からずに、制度利用の選択が迫られているというのが現在の被災者の置かれた状況であり、そうであれば、併せて、先も見越して制度の選択ができるような支援体制が絶対に必要である。

 3 避難所不足等を原因とする不公平な支援の状況

 住宅の1階は大きく被災したが、2階には被災はなかったというような被災者は、避難所に行くことができなかった場合がある。避難所に行っても、帰宅を求められ、やむなく帰宅した被災者も多く存在する。

 そうした場合、被災した家でなんとか凌がなければならないために、応急修理を利用せざるを得ないこととなる場合が多い。

 その結果、仮設住宅に入居することができないことは指摘したとおりであるが、さらにいうと、様々な支援物資の提供等は、避難所や応急仮設住宅を中心になされることから、在宅での避難を余儀なくされた被災者らは、そうした支援も全く受けることができていないのである。

 避難所の不足や、応急修理制度の利用が、被災者の間で、受けられる支援に大きな差が埋まってしまっている。

 こうした事態を防ぐためには、先に述べた情報提供や、選択のための支援に加えて、支援する側から、被災者の所在を調査し、そのニーズを探るという手段が不可欠である。

 4 住家被害以外の被害

 (1) 自然災害により被害を受けるのは、住家のみではなく、住家の周辺のインフラや就労先・事業所等に対する被害も存在する。

 (2) 東日本大震災においては、自宅は津波による被災をしなかったものの、所有していた賃貸アパートが流失して収入源がなくなった、就労先が被災したことにより失業した等の相談が多く寄せられた。

 (3) 平成28年台風10号災害においては、自宅ではなく、自宅近くに設置されていた橋が流失して市街地に出ることが出来なくなった、生活用水をくみ上げていたポンプが流失したために家の中で水を使用することが出来なくなったという被災者が複数報告されている。

 (4) しかし、このように災害による影響を受けたにもかかわらず、住家に被害がないために支援制度の対象とならずに、災害により受けた影響から抜け出すことができないままの生活を余儀なくされている被災者が多数存在しているのである。

 そうした被災者をそのままにしていては、いくら道路や宅地の整備ができたとしても、「復興」を成し遂げた等とは到底言えないことは明らかである。

 人間の復興という観点からは、住家被害以外の被害を受けた被災者らに対しても、必要な支援を届けなければならない。

第6 求められる支援の在り方

 1 被災者支援の基本的な視点

 当連合会が、2011年7月8日、東日本大震災の被災者救済と被災地の復旧・復興を求める決議において指摘しているとおり、被災者に対しては、基本的人権の保障の理念のもとで、一人ひとりが立ち直るための「人間の復興」が図られなければならない。

 被災者に対する支援策を検討するにあたっては、如何に、この「人間の復興」が実現されるかを念頭に置いておく必要がある。

 そして、特に、災害弱者である高齢者、障がい者、子ども等に対する支援や、女性や外国人に対しては、更にきめ細やかな配慮が必要である。

 基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする我々弁護士は、平時以上にその責務を全うすることが強く期待されているものと考え、行動してきたところであるが、これは、被災者を支援する全ての支援者が共通して認識しておかなければならない視点である。

 2 個々の被災者に着目した支援の必要性

 個々の被災者のおかれた状況は被災者ごとに異なるものであり、求められる支援も被災者ごとに様々である。

 既に述べたとおり、住家に被害を受けていなくとも、その生活基盤が破壊され、明日をも知れない生活を余儀なくされる被災者も多く存在するのであり、住家被害のみを基準とした被災者支援では、被災者全ての復興のためには不十分である。

 住家被害、稼働先の被害等生活基盤の破壊、精神的な苦痛、様々な部分に関わりうる支援者は、自らなし得る支援のみならず、その被災者が抱える複合的な問題に対して、一体的に支援をしていく必要がある。

 そうでなければ、被災地域のインフラが整ったとしても、個々の被災者の生活の再建などとても実現しないからである。

 個々の被災者が、その生活を再建するためには、個々の被災者の抱える複合的な問題を把握し、それぞれの問題解決に必要な知見に基づき、支援策を検討し、被災者に提供していくことが不可欠なのである。

 そうした被災者支援の仕組みは「災害ケースマネジメント」と呼ばれている。

 東日本大震災の際は、仙台市において、個々の被災者を訪問し、その実情を把握し、必要な支援制度を検討した上で、一体的な支援を行うという取組みが行われていた。

 そして、仙台市の取組みは、熊本地震や西日本豪雨の現場にも反映されている。

 岩泉で実施された岩泉よりそいみらいネットの取組みもまた、「災害ケースマネジメント」の一つの形ということができる。

 石巻市においては、行政、弁護士会、地元のNPOとが協力して、在宅被災者の調査、支援の取組みが行われている。

 さらには、鳥取県においては、「災害ケースマネジメント」の実施が条例に盛り込まれ、住宅問題に限らず、震災後、生活面での課題が未だに解決されていない方々を対象とした被災者の生活復興を支援するための新たな体制を構築することとされている。

 被災者支援のために「災害ケースマネジメント」の手法が全国各地で展開されている実情から見ても、今後どの地域でもこの手法が進められるよう検討しておかなければならない。

 3 「災害ケースマネジメント」実現のための体制整備の必要性

 そして、「災害ケースマネジメント」を実現するためには、多様な専門分野を持つ多様な支援者が連携して、協働する必要があり、国や地方自治体は、そうした体制の中心的役割を担いつつ、財政的にも支える立場でなければならない。

被災者の抱える複合的な問題を解決する為には、被災者支援の制度のみならず、平時の制度も併用していく必要もあり、広い視野を持った活動が求められる。

そのためには、被災後にそうした体制づくりを検討していては遅く、平時から、被災時を想定した体制づくりを進めておかなければならない。普段から意思疎通ができていなければ、緊急時に素早く協力体制の下、活動することはできないからである。

そうであれば、国は防災基本計画において、都道府県・市町村は各地域防災計画において、我々弁護士をはじめとする専門士業団体、その他の民間団体との間で、支援のための連携を強化すべきことを定め、体制作りを進めておかなければならない。

現在の災害対策基本法においては、既に述べたとおり、ボランティアとの連携については規定されているが、これを更に進めて、専門士業団体、多様な民間団体との連携についても規定する法改正が必要である。

 4 更に、「災害ケースマネジメント」を実施するに当たっては、被災者一人ひとりの状況を確認し、それに即した支援を検討していかなければならないことから、事前のニーズ調査やそれに基づく支援情報の提供は不可欠である。

 そうした調査は、できるだけ早期に行うべきであり、災害救助法による救助が行われている時期に行われるべきである。

 そうであれば、ニーズ調査や情報提供は、被災者の生活の再建に資するものなのであるから、災害救助法を改正し、災害救助の一類型として、ニーズ調査と情報提供業務を定めるべきである。

第7 「災害ケースマネジメント」を更に有効なものとするために

 以上に加えて、更に「災害ケースマネジメント」による支援を実効あらしめるためには、いくつかの点を検討する必要がある。

 一つは、過去の実態の検証である。特に、災害関連死の実態を調査し、検証することにより、どうすれば災害関連死を防ぐことができるのかを検討して、「災害ケースマネジメント」をより実効的なものとする必要がある。

 もう一つは、担い手の育成である。「災害ケースマネジメント」では、多くの支援者が被災者一人ひとりに関わることとなるから、その中心となって、情報全般を整理するコーディネーターが必要となる。そうした人材を育成していくことも、「災害ケースマネジメント」を有効に利用するために必要なことである。

第8 結語

 以上の次第で、当連合会は、被災者一人ひとりに対して、その人の状況に応じて必要な支援を届けることができるよう、「災害ケースマネジメント」を実現するべく、決議の趣旨記載のとおり、国や地方自治体に対して、災害時の被災者支援の体制として、我々弁護士を含めた専門士業の団体や、各種NPO法人等の民間団体との連携を災害対策基本法に明示し、それを根拠として、地区防災計画や地域防災計画に、民間団体との連携を前提とした他機関連携による被災者支援体制の明記を求める。

 併せて、当連合会は、地域に根ざした法律専門家の団体として、被災者支援体制の一角を担い、「災害ケースマネジメント」の体制確立のために努力していくことを宣言する。

以上


(別表)

  被  害  状  況  
災害名称 全 壊 半 壊 一部損壊
一部破損
床上浸水 床下浸水 備 考
平成26年8月豪雨 179棟 217棟 190棟 1086棟 3097棟 2016年6月2日現在
広島
平成27年9月関東・東北豪雨 81棟 7090棟 384棟 2523棟 13259棟 2017年10月18日現在
岩手、宮城、福島他15都県
熊本地震 8667棟 34719棟 163500棟     2019年4月12日現在
熊本、大分他5県
平成28年台風10号 518棟 2281棟 1024棟 277棟 1652棟 2017年11月8日現在
岩手、北海道
平成29年7月九州北部豪雨 338棟 1101棟 89棟 223棟 2113棟 2018年10月31日現在
福岡、大分他18都県
大阪北部地震 21棟 454棟 56873棟     2018年2月12日現在
大阪
平成30年7月豪雨 6603棟 10012棟 3457棟 5011棟 13737棟 2019年1月9日現在
広島、岡山、愛媛
平成30年北海道胆振東部地震 462棟 1570棟 12600棟     2019年1月28日現在
北海道

【出典】総務省消防庁 災害情報一覧