決 議 の 趣 旨
1 平成28年5月13日に成年後見制度の利用の促進に関する法律が施行された。この法律では、成年後見制度利用促進のため、国や自治体の責務が規定されたほか、成年後見人や成年後見関連事業者に対して相互密接な連携等を求めている。
2 東北地方では多くの地域で人口の流出による過疎化、超高齢化が進行し、人的財政的資源に乏しい市町村も多く見られる。その結果、市町村によって成年後見制度利用の取組みには格差が生じている。
東北地方における市町村の限られた資源を最大限活用し、市町村間の取組みの格差を解消するためには、市町村間の垣根を越えた広域的な地域連携ネットワークとその中核となる機関が必要である。地域連携ネットワークは、個別事案の対応に当たるチームに対し法律・福祉の専門職団体や関係機関が必要な支援を行えるよう協力する体制づくりを進める合議体と、個別の事案毎に成年後見人等とともに日常的に本人を見守りサポートを継続的に行うチームという基本的仕組みを有し、中核機関は、市町村や市町村から委託を受けた社会福祉協議会等が実施主体となり、地域の権利擁護支援・成年後見制度利用促進機能の強化に向けた全体構想の設計と地域連携ネットワークの事務局としての機能、チームの支援を法律・福祉等の専門的見地から担保する役割を担うことが期待される機関である。行政、法律及び福祉の専門職や関係機関など多職種による連携がこれまで以上に重要となる。
市町村の垣根を越えた広域的な地域連携ネットワークと中核機関の整備により、人的財政的な資源に乏しい小さな自治体においても、情報の共有や関係機関との連携が強化され首長申立てが可能となり、少ない費用で市民後見人の養成をすることができる等、成年後見制度利用のための基盤を拡充し、その利用を促進することができる。
われわれ弁護士は、その知識や経験等を活用し、広域的な地域連携ネットワーク構築と中核機関の整備やその後の運営等において広い分野で積極的にその役割を果たしていくことを誓う。
3 また、市町村における成年後見制度利用の経済的支援策として、成年後見制度利用支援事業がある。この事業に基づく助成が開始されていない自治体が一部あり、実施している市町村においても成年後見制度の申立人や申立類型により助成対象者を厳しく制限している。成年後見制度の利用を促進するためには助成対象の拡大が必要である。
4 そこで、当連合会は、東北地方の各県及び市町村に対して、次のとおり要望する。
(1) 成年後見制度の利用を促進するため、市町村の垣根を越えて法律及び福祉専門職、その他の関係機関を含めた広域的な地域連携ネットワークを構築し、その適切な運営、地域における連携・対応強化の推進役となる中核機関を早期に整備すること。
(2) 成年後見制度利用支援事業に基づく助成が未実施となっている市町村は助成を開始し、助成対象を申立人や後見類型等によって制限している市町村は助成対象を拡大すること。
5 併せて、当連合会は、広域的な地域連携ネットワークの構築及び中核機関の設立やその後の運営に関わる弁護士を支援する体制を整えることをこの決議において確認する。
以上のとおり決議する。
2018(平成30)年7月6日
東北弁護士会連合会
提 案 理 由
第1 成年後見制度利用をめぐる現状等
1 近時の動向等
国は、平成28年5月13日に成年後見制度の利用の促進に関する法律(以下「法」という。)を施行し、平成29年3月24日には法に基づく成年後見制度利用促進基本計画(以下「基本計画」という。)を閣議決定した。法及び基本計画は、現在の成年後見制度の利用状況がいまだ認知症高齢者等の数と比べて著しく少ないという現状に鑑み、利用促進のために求められる各種施策を示したものである。
ところで、全国的には成年後見制度の利用者数は増加傾向といわれ、首長申立件数についても、全国的にみれば件数、割合とも増加傾向が認められ、平成29年の実績では申立件数のうち首長申立てが約20%を占めるに至った。
しかし、最高裁等の統計によると、ここ数年では毎年の申立件数に増加傾向は見られず、成年後見制度の利用促進が進んでいるとはいいがたい。また、東北地方における首長申立てについては、県によって37.8%から14.1%と地域差が大きく、首長申立てが各地域において十分に浸透しているものともいえない。さらに、全国的には70%を超える事案で第三者が後見人等に選任されているが、法律及び福祉専門職が総数の60%超を占め、社会福祉協議会、市民後見人、その他法人及び個人等の専門職以外の第三者後見人は合計しても約10%に止まっている。
2 東北地方の特徴
青森県内の福祉事業所を対象として実施した判断能力が不十分であり法律行為等の支援を要する者(以下「要支援者」という。)の数及びその属性に関して行った実態調査では、要支援者のうち4分の1に身寄りがないか協力可能な親族が不在であることが判明した。また、要支援者のうち4分の1以上が生活保護受給者または月額収入6万円未満の低所得者層に該当し、これに月額収入12万円未満の者も含めると、要支援者の実に70%超にも上るという結果も明らかとなった。また、新潟県や静岡県における調査でも同様の実態が明らかとなっている。
青森県以外の東北各県ではいまだ同種の調査は実施されていないものの、東北地方の多くの地域において、大都市圏への人口の流出により、高齢化の進行及び身近な支援者の減少が顕著であるため、上記調査結果と同様の実態が存するものと推測される。こうした協力可能な親族が不在あるいは経済的に困窮する要支援者の場合、行政による手続的・経済的支援及び第三者後見人等による支援が必要となるが、このような支援を要する者の数は相当数に上るものと考えられる。
第2 広域的な地域連携ネットワーク構築と中核機関整備の必要性
成年後見制度の利用促進を図るに当たっては、次に述べるように、行政、法律及び福祉専門職、その他関係機関の協働はもとより市町村間における広域的な連携が必要である。
1 地域連携ネットワークの基本的な仕組みと中核機関の役割
基本計画においては、地域連携ネットワークと呼ばれる連携体制の構築が求められている。また、関係者が協働するためにその連携強化を図る合議体を設置するとともにネットワークの中核となり、合議体の運営を行う中核機関の整備が必要である。
地域連携ネットワークは、成年後見等開始の前後を問わず個別事案の対応に当たる「チーム」に対し、法律・福祉の専門職団体や関係機関が必要な支援を行えるよう各地域において専門職団体や関係機関が連携体制を強化し各専門職団体や各関係機関が自発的に協力する体制づくりを進める合議体(「協議会等」と呼ばれる)と、個別の事案毎に成年後見人等とともに本人に身近な親族、福祉・医療・地域等の関係者が日常的に本人を見守り、本人の意思や状況を継続的に把握し必要に応じて個別にサポートしていく「チーム」という基本的仕組みを有するものとされている。
中核機関は、市町村や市町村から委託を受けた社会福祉協議会、NPO法人等が実施主体となり、地域の権利擁護支援・成年後見制度利用促進機能の強化に向けて、全体構想の設計とその実現に向けた進捗管理・コーディネート等を行う司令塔機能、地域における「協議会等」を運営する事務局機能、地域において支援方針、候補者推薦、モニタリング・バックアップについて検討判断し、個別の「チーム」を支援する仕組みを担保する進行管理機能の役割を果たすことが期待されている。
中核機関は、成年後見制度の申立支援のための施策及び要支援者に対する担い手拡大のための施策の推進を主導する総合的な役割を担うものである。この中核機関を中心として各施策を推進するに際し、地域連携ネットワークの一員であるわれわれ弁護士は、継続的に協議会等で連携強化を図るとともに、現場において関係各機関と協働し、施策の推進を主導していかなければならない。
2 広域的な連携の必要性と意義
東北地方では多くの地域において人口の流出による過疎化、超高齢化が進行しており、人的財政的資源が不足する自治体を数多く抱えている。このような自治体では、成年後見制度の利用促進に関する様々な施策を単独で推進することは困難である。地域連携ネットワークの構築及び中核機関の設立運営にあたっても、ネットワークの構成員となるべき関係機関や専門職、中核機関を担う人材の確保は容易ではない。
これまで、東北地方の自治体では、単独の自治体では事業の実施が困難な場合に、市町村枠を超えた事務組合の設立など自治体間の連携によって多くの施策を推進し、様々な課題を解決してきた。成年後見制度の利用促進の場面においても、これと同様に連携中枢都市圏や定住自立圏などの生活圏を構成する複数の市町村がその垣根を超え、広域的な地域連携ネットワークの構築及び中核機関の設立運営を行うことは十分に可能であると考えられるし、住民にとって望ましいことでもある。
これら広域的な地域連携ネットワークの構築及び中核機関の設置運営は、必要経費の分散による経済的負担を軽減するとともに、後見人等の担い手となる専門職、市民後見人及び法人後見実施機関等の人的資源を共有することにより、圏域内の要支援者に対する均質的サービスの提供を可能とするなど、各市町村にとって多くのメリットを享受し得る施策といえる。
第3 市町村における首長申立てと後見人等の担い手の確保
1 首長申立てに関する課題と対応
(1) 第1の1で述べたとおり、首長申立ては、行政による手続的・経済的支援が必要となる要支援者における成年後見制度の利用方法として位置付けられるところ、その申立件数及び申立総数に占める割合は増加傾向にある。
しかし、行政による手続的・経済的支援が必要となる者の数に比べると申立件数は僅少であり、一部の市町村が首長申立てを積極的に行った結果、申立件数や割合が増加傾向となったものであって、首長申立てに積極的な市町村と消極的な市町村とで対応の差異は大きい。なかでも、職員の少ない町村では、首長申立てに必要な情報が不足するとともに、担当職員の異動により知識や経験が十分に引き継ぎされないなど職員の異動による影響が大きい。また、担当部署と社会福祉協議会、関係機関等との連携が不十分なことから、首長申立ての対象とするべき要支援者の情報が適切に共有されず、担当部署が申立ての必要性を把握していないという問題もある。
(2) このような課題を克服し、首長申立てを促進するためには、まず市町村の担当部署の職員が成年後見制度及びその利用に習熟する必要があり、市町村担当部署職員向け研修の定期的な実施及び首長申立てに係るマニュアルの整備が求められる。これに加え、潜在的な要支援者を適切に後見申立ての対象とするため、市町村の担当部署と関係機関の連携を密にし、要支援者の情報を共有することが必要である。
広域的な地域連携ネットワークが構築され中核機関が整備されることで、このような情報不足や人材の不足を補うことが可能となり、成年後見制度の利用が促進される。
2 後見人等の担い手に関する課題と対応
(1) 後見人等の過半数は専門職後見人であるが、要支援者の数は多く、専門職後見人のみで対応することは困難である。特に、市民後見人や法人後見の整備が十分に進んでいない町村部では、親族を除くと専門職が後見人に就任することがほとんどである一方、都市部から離れるほど専門職後見人が不足しており、担い手不足が成年後見制度の積極的な利用を妨げている。
専門職後見人の不足を補うため、平成23年度以降、市民後見人の活用が提言され、全国的には4分の1程度の市町村が市民後見人の養成に取り組んでいるものの、平成29年に新たに後見人等に就任した者のうち、市民後見人は全国で289人にとどまり、後見人等の全体数に占める割合は1%未満にすぎない。残り4分の3の市町村、特に町村部では市民後見人養成のための予算措置や人員確保ができず、継続的な研修体制を維持する負担も大きいため、市民後見人の養成を行うことができていない。
また、法人後見は、後見業務の内容が広範にわたる場合や長期間の対応が必要とされる若年要支援者の場合など、組織的な対応を要する事案に対する有効な担い手である。実際にも、要支援者のうち約半数は認知症以外の者、また、首長申立てを要する要支援者のうち約半数は高齢者以外の者であり、法人受任が相当と思われる事案は少なくない。全国的には、社会福祉協議会やNPO法人などの法人が後見人等に選任されるケースが徐々に増加しつつある。しかし、成年後見等実施機関を設置している市町村、または民間の実施機関が存在する市町村は、全国の市町村の4分の1程度にすぎず、後見人等の担い手としてはいまだ十分とはいえない。
(2) このように、専門職後見人の担い手には限度がある以上、今後も市民後見人を育成していく必要がある。そして、社会福祉協議会等の法人が成年後見等実施機関として登録され後見人等の主体となることにより、組織的かつ長期にわたる後見事務の遂行が可能となるため、全ての市町村及び社会福祉協議会等において、速やかに法人後見実施のための体制の整備に取り組むべきである。
(3) 県や市町村の垣根を越えた広域的な地域連携ネットワークが構築され中核機関が整備されることで、後見人育成のための情報や人材が共有され、市民後見人を低予算で育成することが可能となり、規模の小さい自治体においても成年後見人等の確保が容易となる。
第4 成年後見制度利用支援事業の実施と助成対象拡大の必要性
1 市町村における経済的支援
資力に乏しい要支援者に対する経済的支援の施策として、市町村が実施主体となり後見等申立費用及び後見人等報酬を助成する制度である成年後見制度利用支援事業(以下「利用支援事業」という。)がある。厚生労働省は、成年後見制度の申立てに要する経費及び後見人等報酬の全部または一部を国庫補助の対象として、各市町村にその利用を求めている。東北地方においても利用支援事業実施要綱を定め、後見等申立及び後見人等報酬の助成を実施する市町村は増加しているものの、いまだ実施要綱を定めず事業を行っていない自治体も相当数みられる。
また、基本計画は、各市町村に対し、利用支援事業の助成対象を首長申立事案に限定せず親族申立事案も対象とすべきこと、後見類型に限定せず保佐、補助類型のいずれであっても助成対象とすべきことを求めているにもかかわらず、実施要綱を定める大多数の市町村では、とりわけ後見報酬について、助成対象を首長申立事案に限定し、要支援者が経済的に困窮していても、後見申立てに協力し得る親族がいる限りは助成を認めていない。同じく大多数の市町村では、助成対象となる類型を後見類型のみに限定しており、保佐及び補助類型に該当する要支援者は助成を受けられない。
このような運用は、成年後見制度を利用できず、生活上の支障が放置され続ける要支援者を生む一方、後見人等が無報酬で後見事務の遂行を余儀なくされる事態を生じさせている。
2 助成の開始と助成対象の拡大の必要性
そのため、いまだ利用支援事業実施要綱を定めず助成を実施していない自治体においては、成年後見制度の利用促進を図る観点から、要支援者のうち少なくとも4分の1は低所得者層であり、行政による金銭的な援助なしには成年後見制度を利用できないという現状に鑑み、速やかに要綱を整備し助成を開始することが求められる。
また、既に要綱を定めて助成を実施している市町村においても、首長申立てであるか親族申立てであるか、成年後見制度の類型が後見、保佐及び補助のいずれの類型に該当するかを問わず、本人の資力が所定の要件に該当する限り助成対象とするようその要綱を見直すべきである。
3 このような対応がなされることにより、資力の乏しい者も成年後見制度を利用することが可能となり、成年後見制度利用が促進される。
第5 結語
以上の次第で、当連合会は、東北地方の各県及び市町村に対し、早期に広域的な地域連携ネットワークの構築及び中核機関の整備を求めるとともに、東北地方の全ての市町村が成年後見制度利用支援事業に基づく助成を開始すること、助成対象を制限している市町村にあっては助成対象を拡大することを求める。
併せて、当連合会は、広域的な地域連携ネットワーク構築と中核機関の整備やその運営に関わる弁護士を支援する体制を整えることを確認する。
以上
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