今、自由民主党をはじめとする憲法改正に前向きな政党や団体等において、憲法改正に向けた論議が行われており、政治情勢によっては今年秋にも憲法改正が発議され、来春には国民投票が実施される可能性がある、と報道されている。
 当連合会は、日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「憲法改正国民投票法」という。)制定の前年に、「憲法改正国民投票法案」に反対する決議(2006年(平成18年)7月7日)を行い、その中で7項目の見直すべき課題を提示した。
 2007年5月、憲法改正国民投票法制定に際し、参議院日本国憲法に関する調査特別委員会は18項目にわたる附帯決議をなし、特に、テレビ・ラジオの有料広告規制と最低投票率については「本法施行までに必要な検討を加えること」とした。
 その後、2014年6月13日に憲法改正国民投票法が一部改正されたものの、上記二点については今日まで見直されていない。これら二点は、以下に述べるとおり、正確な国民の意思の反映という国民投票の根幹部分に関するものであるから、早急に検討・見直しがなされなければならない。
 一点目のテレビ・ラジオの有料広告規制については、憲法改正国民投票法では、投票期日の14日前からの国民投票運動のため有料広告放送を禁止している(105条)。これはテレビやラジオを使用する国民投票運動の自由に配慮しつつも、テレビやラジオによる広告が資金力の差により一方に圧倒的な印象操作を生じさせ、公平で自由な国民投票を阻害しかねないという弊害を防止する観点から調整された規定と解される。しかしながら、かかる弊害防止のためには14日間の禁止で十分かつ適切なのか、禁止期間ではなく放送の回数や時間帯、資金上限額を等しくするといった方法で賛成派と反対派との間の実質的な公平を図れないか、などといった指摘もなされているところである。広告放送、とりわけテレビ広告(スポットCM)は、視聴者に対する影響が大きいことを踏まえると、上記の指摘は真剣に検討されるべき課題である。
 また、同法では、単に賛成・反対の意見表明を放送で行うことは制限されていない。しかし、これも上記弊害の危険性を否定できない以上、テレビやラジオを使って賛成・反対の意見表明をする自由と上記弊害の危険性の調整を検討する必要がある。
 二点目の最低投票率については、憲法改正国民投票法には規定が置かれていない。そのため、投票権者のうち極少数の賛成により憲法改正案が承認されるおそれがある。これでは改正憲法の正当性・信頼性に疑義が生じてしまうため、最低投票率は定めるべきであり、その割合に関しては、全国民の意思が十分反映されたと評価できる最低投票率が定められるべきである。
 以上の他にも、憲法改正国民投票法には以下の大きな問題点がある。すなわち、憲法改正の発議から国民投票までの期間が最短で60日とされており(2条1項)、憲法改正の是非の熟慮期間の重要性からして明らかに短すぎるため、少なくとも180日は必要であること、承認の要件となる「過半数」の基礎票(分母)に白票、誤記載等の無効票を含めていないので(98条2項)、国民の意思を反映させる観点からはこれらの無効票も基礎票(分母)に算入されるべきこと、公務員や教員の地位利用による国民投票運動の禁止にかかる規定が「国民投票運動を効果的に行っている影響力又は便宜を利用して」というきわめて曖昧な規定であるので(103条)、国民投票運動が萎縮をもたらさないよう規定が明確化される必要があることなどである。
 国家権力を縛り、国民の基本的人権を保障し、統治機構の基本を定める憲法の改正手続においては、憲法改正案への賛成意見と反対意見の情報が十分かつ実質的な公平性を確保された状況のもと、主権者であるすべての国民が、自由闊達な意見交換をして熟議し、憲法改正案について自らの考えに基づき意思表示をすることが不可欠である。
 ところが、現行の憲法改正国民投票法は、上記のとおり、そのための要件を備えているとは認められない。
 よって、当連合会は、国会に対し、憲法改正国民投票法の多くの問題点について早急に、かつ十分に議論を尽くして抜本的に改正することを強く求めるものである。

以上のとおり決議する。
                                 2018(平成30)年7月6日
                                                                                   東北弁護士会連合会


                                        提  案  理  由

1 はじめに
 安倍晋三自由民主党(自民党)総裁は、2017年5月3日、民間団体主催の集会 に寄せたビデオメッセージにおいて、憲法9条1項及び2項は残しつつ自衛隊の存在 を憲法上明記する憲法9条に関する憲法改正構想を公表した。
 その後、自民党憲法改正推進本部で審議が行われ、2018年3月25日の自民党大会では、 ①自衛隊、②緊急事態、③合区解消・地方公共団体、④教育充実という4項目について条文素案が報告された。
 政権与党である自民党は憲法改正に意欲的であり、同党内及び他の政党等の動向等によっては、今年秋にも憲法改正が発議され、来春には国民投票が実施される可能性がある、と報道されている。
2 憲法改正国民投票法の制定当時に確認されていた課題
 当連合会は、日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「憲法改正国民投票法」という。)について同法制定の前年、「憲法改正国民投票法案」に反対する決議(2006年(平成18年)7月7日)を行い、その中で①未成年者の投票権、②国民投票運動の制限、③広報協議会の在り方、④国会の発議から国民投票までの期間、⑤「過半数」の意義、⑥最低投票率制度、⑦国民投票無効訴訟の提訴期間について、見直すべき課題を提示した。
 また、憲法改正国民投票法制定に際し、参議院日本国憲法に関する調査特別委員会では18項目にわたる附帯決議がなされ、特にテレビ・ラジオの有料広告規制と最低投票率については「本法施行までに必要な検討を加えること」とされていた。しかし、必要な措置が講じられないまま2010年5月18日に同法は施行された。
 その後2014年6月13日に選挙権年齢等の18歳への引下げ関係や公務員の政治的行為に係る法整備関係等の検討条項の再規定等を内容とする憲法改正国民投票法の一部改正がなされたが、なお今日まで見直されていない課題が多く残っている。
3 早急に検討・見直しがなされるべき課題
(1)テレビ・ラジオにおける有料広告規制
 憲法改正国民投票法105条は、国民投票の期日前14日に当たる日から投票期日までの間、放送事業者の放送設備を使用して、国民投票運動(憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行為)のための広告放送(スポットCM等)をすることを禁止している。国家権力を縛り、国民の基本的人権を保障するとともに国家の統治機構の基本を定める憲法の改正手続においては、理性的で冷静な国民の意思形成が求められる。しかるに、テレビやラジオによる広告は、資金力の差により一方に圧倒的な印象操作を生じさせ、ときには情緒的・煽動的な国民の意思形成を助長させかねず、公平で自由な国民投票を阻害しかねない。そのため、テレビ・ラジオを使用した国民投票運動の自由と上記弊害の防止を調整する必要がある。かかる観点から、有料意見広告の禁止期間を14日間とする現行法が弊害防止のために十分かつ適切なのか、禁止期間ではなく放送の回数や時間帯、資金上限額を等しくするといった方法で賛成派と反対派との間の実質的な公平を図れないか、などといった指摘もなされているところであり、これらの点について真剣に検討する必要がある。
 他方、憲法改正案に対する投票の勧誘するのではなく、単に、賛成・反対の意見広告をテレビ等で表明することは、国民投票の14日前からの規制を受けることなく自由に行うことができる。 しかし、これについても上記の弊害の危険性は否定できない以上、テレビやラジオを使って賛成・反対の意見表明をする自由と上記弊害の危険性の調整を検討する必要がある。
 この点、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、デンマークなどの欧州主要国ではテレビスポットCMが全面禁止され、国が公的に配分する無償広告枠でのCM放送は可能としているなど公費による公平な意見表明の機会を保障していることが参考になろう。
 参議院の附帯決議において特に期限が定められて検討が求められている以上、早急に検討すべきである。
(2)最低投票率の定めがないこと    
 憲法改正国民投票法は、国民投票に関して、最低投票率の定めをおいていない。
 最低投票率の定めがないと、投票権者の一部の賛成により憲法改正が行われる可能性もあり、その場合憲法改正の正当性にも影響が出てくるおそれがある。
 最低投票率を定めることに対しては、ボイコット運動が起きるとしてこれを否定する見解がある。しかし、投票をボイコットする運動も、憲法改正問題に対する国民の意思表明の一態様とも言え、これを非難し、最低投票率の創設を否定する根拠とすることは相当ではないと考えられる。
 また、最低投票率を設けるとした場合、その割合が問題となる。この点、全有権者の3分の2とする考え方がある。これは、最低投票率を全有権者の3分の2にしなければ、全有権者の3分の1以下の賛成があれば憲法が改正されることになるがそれは妥当でないという考え方によるものである。このような考え方も参考にして、憲法改正に対する全国民の意思が十分に反映されたと評価できる最低投票率が定められるべきである。
(3)発議後国民投票までの期間について
 憲法改正国民投票法2条1項によれば、国民投票は国会が憲法改正を発議した日から起算して60日以降180日以内において国会が議決した期日に行うものとされている。
 これによれば、早ければ憲法改正の発議後国民投票まで60日の期間しかないことになる。
 国家権力を縛り、国民の基本的人権を保障し、統治機構の基本を定める憲法の改正手続においては、国民の中での検討時間を十分に確保するなど、熟議できる機会が保障されるべきである。
 しかしながら、国民投票まで60日という期間は、仮に個別条項の改正についての国民投票のみを前提としてもなお極めて不十分といわねばならない。当連合会が2006年7月7日決議においても述べたとおり、少なくとも180日以上の期間が確保されるべきである。
 なお、憲法改正国民投票法は、広報協議会が国民投票公報の原稿を作成したときは、これを国民投票の投票日の30日前までに中央選挙管理会に送付しなければならないとし、それから、中央選挙管理会は速やかにその写しを都道府県の選挙管理委員会に送付し、都道府県の選挙管理委員会はこれを印刷して国民に配布することとなっている。しかし、せっかく投票までの期間を長くしたとしても、これでは国民投票公報は投票日直前にしか国民に配布されないこととなってしまう。より早期に国民投票公報を国民に配布するようにし、これをもとに、国民の間で十分な検討、議論及び活動が可能となるようにすべきである。
(4)「過半数」について
 憲法改正国民投票法は、憲法96条1項の「過半数」について、「憲法改正案に対する賛成の投票の数及び反対の投票の数を合計した数」、すなわち有効投票数を「投票総数」とし、その二分の一を超える場合であるとしている(98条2項)。
 これによれば、無効票等が過半数の基礎票(分母)から排除されることになる。
 しかし、国民投票は、国の最高法規である憲法改正という極めて重要な問題を問うのであるから、少なくとも改正に明白かつ積極的に賛成する者が、改正案について投票した全ての者の2分の1を超えるか否かにより決めるべきであり、それが民意を尊重する憲法の趣旨に適うものである。 
 そのため、白票や誤記載などの無効票を投じた者も、投票所に赴いて投票し、憲法改正案についての意思表示をしたものである以上、「過半数」算定の基礎票(分母)に加えるべきである。
  以上から、「過半数」の基礎票(分母)は、有効投票数ではなく、無効票も加えた投票総数とすべきである。
(5)公務員や教員の地位利用による国民投票運動の禁止
 憲法改正国民投票法103条は「国民投票運動を効果的に行い得る影響力又は便宜を利用して」という曖昧な規定である。これでは恣意的解釈を許し、萎縮効果を生じかねない。したがって、そのようなおそれが生じないように規定を明確化することが必要である。
4 結語
 国家権力を縛り、国民の基本的人権を保障し、統治機構の基本を定める憲法の改正手続においては、憲法改正案への賛成意見と反対意見の情報が十分かつ実質的な公平性を確保された状況のもと、自由闊達な意見交換をして熟議し、主権者であるすべての国民が改憲案について自らの考えに基づき意思表示をすることが不可欠である。
 ところが、昨今の政治の動きをみるとこれらの重要な課題を放置したまま憲法改正国民投票が実施される可能性がある。これでは主権者たる国民の意思が表明されたことにはならない。
 よって、当連合会は、国会に対し、憲法改正国民投票法の多くの問題点について早急に、かつ十分に議論を尽くして抜本的に改正することを強く求めるものである。
                                      以上