1 2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震及びこの地震に伴う津波を契機に、東京電力福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)では1号機から4号機で原子炉及び使用済核燃料プールの冷却機能が失われた。このため、同時多発的に水素爆発による原子炉建屋や圧力抑制室の損壊を含む事故等が発生し、大量の放射性物質が環境中に放出されるという深刻な事態が生じた。現在もなおこの事故の収束の目途は立っていない。また、福島第二原子力発電所(以下「福島第二原発」という。)でも一時的に原子炉冷却機能喪失、圧力抑制機能喪失という重大事故が発生した。
これらの事故は、これまでにも地震、津波による原子炉冷却機能の喪失、炉心溶融の危険性などが国会等で度々指摘、警告されてきたにもかかわらず、原発推進を国策としてきた国及び原子力事業者である東京電力が、これらの警告を無視して対策を怠ってきたことが招いた「人災」であると言わなければならない。

2 この福島第一原発の事故に伴い、福島県浜通り地方を中心に避難指示等が出され、福島第一原発周辺の多くの住民が、やむを得ず故郷を離れ、不自由な避難生活を送っている。また、現在もなお福島県内の多くの市町村において、平常値を大きく上回る環境放射線量が計測され、かつ、農畜産物・水産物等にも汚染が広がっている。そして、東北・関東地方の他県においても牧草の汚染が確認され、平常値を上回る環境放射線量が計測されるなど、放射性物質による汚染は福島県内にとどまらず、東北地方全域に拡散している。このように、福島第一原発事故は、避難指示等が出された地域にとどまらず、広範囲の住民の生存基盤を脅かすに至っている。
しかも、事故後、国及び東京電力は、適時に正確な情報を開示せず、これにより日本全土に深刻な不安と混乱が広がった。現在もその状況は基本的に変わっていない。

3 かかる状況の下で、原子力事業者である東京電力のみならず、国が住民の生命・身体の安全と生存基盤を確保することは、最も基本的かつ重要な責務であることは言うまでもない。
国と東京電力は、一刻も早く事故を収束させ、住民の安全を確保し、放射性物質に汚染された地域の環境を回復するために、最大限の努力をすべきである。
そこで、当連合会は、国及び東京電力等に対し、福島第一原発事故を早期に収束させ、これ以上の放射性物質の放出を防止するためのあらゆる手段を講じることを求めるとともに、国又は東京電力の費用負担のもとに関係地方公共団体とともに以下の施策を至急実行することを求める。

 

 

(1) 避難指示等が出された地域及び平常値を上回る環境放射線量が計測された地域を対象として、緻密なモニタリングを実施するとともに、このモニタリング結果に基づき、可能な限り詳細な汚染分布図を作成し、地域ごとに累積被ばく量の推定値を公表すること
(2) 前項の汚染分布図及び推定値に応じ、

① 居住地域毎に、被ばく回避措置について適切な生活上の行動指針を明示するとともに、住民、特に子どもの被ばく回避のため学校、公園等の公共施設を中心として、除染をはじめとする積極的な放射線防護措置を講じ、さらに放射性物質に汚染された廃棄物の処理について放射性物質の再拡散を防止するため適切な措置をとること。
② 最先端の医療機関ネットワークの構築を基礎に、該当地域内の住民(特に子ども)に対して、長期間にわたって定期的な被ばく線量測定・モニタリング及び定期的健康診断を実施し、その結果に関する情報の共有化を図るなど健康被害防止のため最善の措置をとること。
(3) 警戒区域及び計画的避難区域について、
① 土壌の改良、植物利用による除染等、あらゆる環境回復策をとり、避難している住民の一日も早い帰郷を実現すること。
② 長期的な居住制限をしなければならない地域が仮に残される場合、当該地域の住民に対する説明義務を尽くすとともに,その責任において当該地域のコミュニティ維持を前提とした代替居住地の確保を行うこと。
(4) 国は、上記施策を総合的に推進するため、放射線被ばくの健康及び環境への影響、効果的な放射線防護と除染策並びに地域の復興策等の研究のための学際的・総合的な研究拠点を福島県内に設置すること

以上のとおり決議する。

 

2011年(平成23年)7月8日
東北弁護士会連合会

 

 

提 案 理 由

 

1 福島第一原発事故の概要
2011年(平成23年)3月11日午後2時46分に発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震により、東京電力福島第一原子力発電所・同第二原子力発電所(以下、「福島第一原発」「福島第二原発」という)は、震度6強の大地震及び大津波に襲われた。
これらにより、福島第一原発の1号機から4号機は、全交流電源喪失に至り、原子炉冷却機能を完全に喪失した。この冷却不能の結果、ついには、1・3・4号機における原子炉建屋の爆発に至り、2号機でも、圧力抑制室の損傷が疑われている。福島第二原発についても、外部電源の喪失と冷却用海水ポンプ等の損傷によって、原子炉除熱機能喪失、圧力抑制機能喪失により原子力緊急事態宣言がなされる事態となった。さらに、東北電力女川原子力発電所においても、耐震設計審査指針において想定された基準地震動を上回る地震動が多くの箇所で観測されたほか、想定された津波の波高9.1mを上回る約14mの高さの津波に襲われ、建屋周辺の地盤が約1m沈下、2号機の原子炉建屋地下が津波で浸水し非常用発電機3台のうち2台が起動しないなど、数々のトラブルに見舞われた。
そして、福島第一原発では、格納容器内の圧力を下げるために行われた圧力弁の開放による大気への排気(ベント)、1・3・4号機における原子炉建屋の水素爆発等により、大量の放射性物質が大気中に放出された。2011年(平成23年)3月11日から同年4月5日までの放出総量の推定的試算値は、原子力安全・保安院が、同年6月6日に発表した試算で77万テラベクレルという膨大な量にのぼる。この事故について、原子力安全・保安院は、国際原子力評価尺度(INES)に照らし、史上最悪の原発事故であるチェルノブイリ原発事故と並ぶ「レベル7」(いわゆる、深刻な事故)に相当すると発表した。
また、原子力安全委員会の推計結果によれば、放射性物質の放出は、4月5日の時点でも、1日あたり154テラベクレル(毎時6.4テラベクレル)に達していた。大気中や周辺土壌などに多量の放射性物質が放出され、現在でも汚染は継続している。海洋への放射性物質の漏出と汚染も深刻である。例えば、4月4日、茨城県北茨城市の平潟漁協が検査用に採取したコウナゴから、1キロ当たり4080ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたと報道されている。
この事故について、東京電力は、記者会見などで、今回の地震及び津波について「想定外」などとする説明を繰り返し、あたかも原発事故が地震及び津波という「天災」による不可抗力であるかのように説明している。
しかし、2006年(平成18年)3月1日の衆議院予算委員会(第7分科会)では、共産党の吉井英勝衆議院議員が、福島第一原発に関し、チリ地震津波の例にも触れながら、津波の押し波や引き波により原子炉の冷却系に損傷を生ずるおそれや冷却水の取水が長時間にわたってできなくなること、最悪の場合には炉心溶融の危険があることなどを指摘していた。しかし、政府は安全性が確保されていると答弁したのみで、東京電力や国はこの指摘を放置し対処を怠った。
志賀原子力発電所2号機建設差止請求事件について、金沢地方裁判所平成18年3月24日判決は、原子炉の耐震設計を詳細に検討した上で、地震により周辺住民が許容限度を超える放射線被ばくの危険性があるとして原子炉の運転差止請求を認めた。この判決は、控訴審で覆されたものの、地震による外部電源の喪失、非常用電源の喪失、配管の破断、シュラウドの破断、冷却材の減少、喪失、ECCSの故障、炉心溶融事故の可能性等について十分な問題提起がなされていた。
2009年(平成21年)6月24日開催の総合資源エネルギー調査会原子力・保安部会耐震・構造設計小委員会の地震・津波、地質・地盤合同ワーキンググループの会議においては、西暦869年に発生した貞観地震やこれに伴う貞観津波の調査結果について考慮されていない点を一部委員が指摘していたにもかかわらず、東京電力の委員はこれを研究的課題とするにとどめ、耐震設計上考慮していなかった。
2010年(平成22年)10月に独立行政法人原子力安全基盤機構が発表した報告書「平成21年度 地震時レベル2PSAの解析(BWR)」においては、福島第一原発の2~5号機と同じタイプの原子炉について、地震の影響により、電源を喪失し、原子炉の冷却機能が喪失した場合、冷却機能喪失から約1時間40分後に核燃料の溶融落下が始まり、約3時間40分後に原子炉圧力容器が破損、約6時間50分後には格納容器も破損すると予測されていたにもかかわらず、東京電力はもとより、国も、何らの対策も講じてこなかった。
さらに、斑目原子力安全委員長は、浜岡原発運転差止訴訟において、2007年(平成19年)2月、中部電力側証人として、発電所内の非常用電源喪失を考慮すべきではないかとの尋問に対し、「割り切りだ」「非常用ディーゼル2個の破断も考えましょう…と言っていると、設計ができなくなっちゃうんですよ」などと証言した。本年3月22日の参議院予算委員会において、社民党の福島瑞穂参議院議員からこの点について質問された斑目委員長は、「割り切り方が正しくなかった」「原子力を推進してきた者の一人として、個人的に謝罪するつもりはある」などと述べた。
これらからも明らかなように、福島第一原発をはじめとする原子力発電所については、これまでも、今回の事故と同じような過酷事故の危険が現実に存在することがたびたび指摘・警告されてきた。にもかかわらず、原子力発電事業者である電力会社は、警告を無視して対策を怠ってきた。
また、原発推進を国策としてきた国も、原子力発電の安全基準を策定し、事業者を監督する責任を負うにもかかわらず、警告を無視して対策を怠ってきた。これらのことが、今回の事故を招いたのであり、今回の事故は明らかに東京電力及び国が惹起した「人災」であると言わなければならない。

 

2 福島第一原発事故の周辺地域への影響
上記のように、福島第一原発事故により、極めて大量の放射性物質が外部に放出された結果、周辺環境に広範囲に放射性物質が飛散・流出した。これにより、福島第一原発周辺地域のみならず、福島県内外の広範囲の地域が放射性物質により汚染される結果となった。福島県浜通り地方を中心に避難指示などが出され、福島第一原発周辺の多くの福島県民が、着の身着のままで住み慣れた土地を離れることを余儀なくされるとともに、仕事を失い明日への展望すら見いだせない不安と絶望に満ちた過酷な避難所生活や仮設住宅での生活を強いられている。また、避難の過程で心ならずも命を落とした高齢者も少なからず存した。その避難者避難先は県内のみならず全国に及んでおり、従来のコミュニティの存続すら崩壊の危機に瀕している。また、自治体ぐるみで避難を余儀なくされている地域も多数存在しており、その自治体では、避難者への支援にも支障を来しているばかりか、自治体の存立そのものが危ぶまれている。
また、現在もなお福島県内外の多くの市町村において、平常値を大きく上回る環境放射線量が計測され、かつ、東北・関東地方の広い範囲で牧草や茶葉の汚染が判明するなど、東日本全域の農畜産物・水産物等にも汚染が広がっている。この放射性物質による汚染は、住民の生活及び農畜産業、水産業、商工業、観光業ほかあらゆる業種に極めて深刻な被害をもたらし、かつこの影響は長期間にわたって継続することが明らかである。
また、風評被害を含め、農畜産業、水産業、商工業、観光業ほかあらゆる業種への影響、そして市民生活全体への影響は極めて深刻である。
とりわけ子どもを持つ保護者の不安は大きいが、子どもを転校させるなど抜本的な対策を講じることは容易ではなく、子どもの将来に不安を感じながらも通学を続けざるを得ないのが保護者の多くの現状である。
さらには、原発事故以後、福島県から他県の学校に転校した子どもがいじめに遭う、避難者が転入届を提出しようとしたところスクリーニングを受けていることが条件であるとして受理を拒絶されたり避難所への受け入れを拒絶されるなど、いわれなき差別が生じていることが報道されている。
このように、福島第一原発事故は、福島県民をはじめとする周辺住民の生存の基盤すら脅かしている。しかも、事故後、国及び東京電力は、事故状況の把握や情報開示などにおいて適時適切な対処を行わず、これにより日本全土に深刻な不安と混乱が広がった。現在もその状況は基本的に変わっていない。

 

3 被災地の真の復興のために求められること
かかる状況の下で、原子力事業者である東京電力のみならず、国が住民の生命・身体の安全と生存基盤を確保することは、最も基本的かつ重要な責務であることは言うまでもない。
国と東京電力は、一刻も早く事故を収束させ、住民の安全を確保し、放射性物質に汚染された地域の環境を回復するために、あらゆる手段を尽くすべきであり、具体的には、国又は東京電力の費用負担のもとに、関係地方公共団体とともに次項以下の施策を至急実行することを求める。

 

4 大気・土壌等の詳細なモニタリングに基づく徹底した情報開示の実施
(1) 国等による情報開示の問題点、求められる情報開示のあり方
放射性物質の飛散・降下という目に見えない脅威について、国や東京電力による情報開示は、迅速さ・正確さだけでなく、わかりやすさという点でも、極めて不十分であった。
SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)による放射性物質飛散予測は、その名に反して、国民に公表されたのは事故発生後10日以上も経過してからであり、事故発生直後の避難指示にすら十分な用をなさなかった。国民が無用なパニックに陥ることを防ぐために十分な情報を開示しないというのは、国民に対する政府の説明責任を放棄するに等しい。また、報道によれば、福島県も、SPEEDIの試算図について、3月13日に文部科学省から入手していながらも公表しておらず、「提供されたのは前日のデータで住民の避難に役立つものではなかった。公表することでの混乱を避けたかった」としているとのことであるが、このような福島県の姿勢も国と同様に批判されるべきものである。
国は、客観的な情報収集に努め、詳細なデータを収集し、その情報を隠匿することなく迅速・正確かつわかりやすく国民に公表すべきであったのであり、それがなされなかったことが、現在まで至る混乱と被害拡大の一因になっているのである。
また、政府は、国民に対し、各地で測定された空間線量、食品や水道水から検出された放射性物質の量等について、「直ちに健康に影響を与えるものではない」との説明を繰り返してきたが、なぜ直ちに健康に影響を与えるとは言えないのか、逆にどれ程の放射性物質が放出されれば健康に危害を与えるような状態になるといえるのか等について、科学的な根拠を示してこなかった。そのため、こうした発表のあり方に対して、多くの国民から疑問と不安が呈された。
その結果、放射性物質はとにかく危険であり、放射性物質が拡散している福島県と名の付くものは食料品から工業製品、さらには県民自身までもが危険であるという誤ったレッテルを貼られることとなった。そして、それは、福島県の児童が避難先の学校で他県の児童からのいじめにあうなどの深刻な人権問題が発生することのきっかけともなった。
これらの深刻な問題は、正しい判断をするための前提となる客観的な情報と判断根拠が迅速かつ正確に公表されなかったことにより生じたものである。
規制区域外での放射線被ばくについて、「直ちに健康に影響を及ぼすものではない」等の言い方で、あたかも規制区域外である限り健康上の問題を引き起こす被ばく量ではないかのような説明をする例がまま見られる。
しかし、「直ちに健康には影響がない」というのは、大量被ばくによる健康への「確定的影響」のリスクは存在しないことを意味するに過ぎず、長期間の被爆により悪性新生物等の晩発的障害の生じる「確率的影響」のリスクについては何ら言及していない(後注)。
このことが、政府や自治体の発表に対する国民の疑念と不信を招いている。国民は、原発事故による放射性物質の放出と頭上・地上への飛散という、未知かつ不可視の脅威に不安を感じている。そのため、これによる自ら(ないし家族、とりわけ子ども)への健康リスクを重大に感じるのはやむを得ないことである。国民に対して、十分な根拠を示すこともなく「直ちに健康には影響がない」と発表したところで、健康リスクへの不安を除去しえないことは明らかであって、こうした発表は、国民に対する情報開示及びリスクコミュニケーションのあり方として、極めて不適切である。低線量被ばくによる確率的影響も隠すことなく公表した上での冷静なリスクコミュニケーションと、国民の被ばくを最小限にとどめるための対策の公表こそが、国民の健康上の不安を除去するために不可欠である。
(注)「確率的影響」のリスクについては、これ以下なら影響が生じないという「しきい値」はないとされている(国際放射線防護委員会(ICRP)もこの考え方に立脚して各種勧告を行っており、不必要な被ばくを避けるために、線量を合理的に達成できる限り低く保つというALARA「As Low As Reasonably Achievable」の原則を提唱している。

(2) 緻密なモニタリングの実施及びこれに基づく詳細な汚染分布図の作成
あるべき情報開示の第一歩は、空間線量率(環境放射能)の測定にとどまらない、広範囲かつ詳細なモニタリングと詳細な汚染分布図の作成である。現在、福島県においては、各市町村での環境放射線量測定を行っている。しかし、これは、原発事故により放出された放射性物質から空間に放射される放射線量を測定しているにすぎず、これでは外部被ばくの危険性しか測定できない。原発事故により、環境中の広範囲にわたり放射性物質が放出されているという現状の下では、飲食物や呼吸する大気、さらには皮膚等から放射性物質が体内に侵入する内部被ばくの危険性も可能な限りモニタリングされなければならない。また、個人の生活ステージ(胎児や幼児は被ばくによる健康影響を受けやすいと指摘されている)や生活活動(従事する仕事など)により、被ばくの危険性は異なるため、これらの要素を加味した想定累積被ばく量の推定も行い、公表されるべきである。そのためには、水道水、食物、大気、土壌等を対象としたきめ細かいモニタリングによる放射線量と核種ごとの量測定が行われる必要がある。その際、核種により、放出する放射線種、物理的・生物学的半減期、蓄積される臓器等が異なり、健康影響は核種によって異なるのであるから、核種ごとの測定検出は不可欠である。
また、現在発表されている環境放射線量測定値は、各市町村ごと1箇所程度でしかないが、市町村区域内でも、局所的に放射線量の高い地域(ホットスポット)がまだら状に存在することは、これまで行われた学校の校庭等における放射線量測定などから見ても明らかである。その意味で、文部科学省が2011年(平成23年)6月6日に、福島県全域を対象として、第一原発から半径80キロメートル圏内の地域で4平方キロメートル毎に、それ以外の地域は100平方キロメートル毎に、土壌汚染の分布を地図で示すとしたことは一定の評価をなしうる。ただ、第一原発から半径80キロメートル圏外の地域、ひいては、福島県の隣県でも、半径80キロメートル圏内と同等程度に空間線量率の高い地域は存在することから、かかる施策をより充実させ、福島県内のみならず、その隣県など放射性物質が拡散したおそれが強い地域については、現在行われているよりも更に細分化したメッシュ調査により、環境放射線量だけでなく、大気中のダストサンプリング、土壌の分析による核種ごとの測定などを定期的に行い、これらを総合した汚染分布図が作られるべきである。こうした緻密なモニタリングを実施し、これに基づく詳細な汚染分布図を作成することは、被ばくを最小限に抑える防護策を検討するためだけでなく、今後の除染対策とその実行可能性を検討する上でも、不可欠である。
その上で、各地の住民について、その地に居住を続けた場合、どの程度の被ばく(外部被ばく・内部被ばく)があると推定されるか、それによる健康への確率的影響がどの程度存在するかについての推測値(専門家内の意見の違いを考慮し、ある程度の幅を持ったもの)を発表すべきである。こうした情報公開なしには、住民は、将来にわたりその地に住み続けるか、自主的に退避するかを判断することができない。

 

5 徹底した被ばく回避措置・放射線防護措置及び除染の実施
(1) 前述のとおり、福島第一原発では極めて深刻な事態が継続中であり、福島県民のみならず、広範囲の人々が、常に、放射線に曝されながらの生活を余儀なくされている。
加えて、事故処理にあたっている原発労働者は、放射線量の高い過酷な環境下で電源復旧やがれきの撤去作業に従事してきたにもかかわらず、一時期放射線測定器が全員に行き渡らないなど明白な規則違反の状況での作業を強いられた。また、実際に規制の線量を超えた外部被ばくや内部被ばくをした作業員や職員が判明するなど、東京電力の原発労働者等への被爆回避措置や放射線防護措置はきわめて杜撰なものであることが明らかにされている。
また、福島第一原発から30km以上離れた地域でも、福島県内の市町村において、事故発生以来計測された放射線量の累積において、既に一般人の平常時における年間被ばく許容限度の基準値(年間1ミリシーベルト)を超える地域は枚挙に暇がなく、電離放射線障害防止規則第3条第1項1号による管理区域相当の累積放射線量(3か月あたり1.3ミリシーベルト)が計測されている地域も複数にのぼっている。とりわけ、人口密度の高い福島市や郡山市で比較的高い空間線量率が計測されており、極めて多くの県民が看過することの出来ない放射線の影響下にて生活することを余儀なくされている。

(2) そして被ばくが人体に及ぼす影響については、どのような低線量の被ばくであっても、将来の健康被害を生じさせる危険を伴うものであることは前述のとおりであり、とりわけ、日々の被ばくが蓄積することにより、特に成人よりも放射線に対する感受性が強い子どもに与える健康被害リスクはより増大するおそれがある。
そのため、今後も長期間にわたり放射性物質の漏出が継続する現状に対しては、日々生じる県民1人1人の被ばく量を極力逓減していくために、国により、住民の被ばく回避のための行動指針が策定・明示されること、さらに、適時適切かつ、地域の実情にあわせた除染をはじめとする積極的な放射線防護措置が講じられることが不可欠となる。
また、かかる放射線防護措置を講じるべき放射線量の基準としては、今後も住民への被ばくが長期間に及ぶ可能性が高いことを踏まえ、従前の公衆の被ばく許容限度の基準値である年間1ミリシーベルト以下に抑えることを目標とするべきである。
このような考え方は、前述したALARAの原則にも適合的である。
また、事故長期にわたり被ばくが継続する場合に防護措置を講ずるべき目安としては、国際放射線防護委員会(ICRP)のPublication111(原子力事故又は放射線緊急事態後における長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用)において、「過去の経験により、長期の事故後状況における最適化プロセスを制約するために用いられる代表的な値は年間1ミリシーベルトであることが示されている。」(ICRP Publ. 111 日本語版・JRIA暫定翻訳版)とされていることや、チェルノブイリ原子力発電所事故後にベラルーシ共和国で制定された「チェルノブイリ原子力発電所で発生した災害によって影響を受けた市民の社会的保護」に関する法律において、生活及び仕事の条件に何の制限も課されないような地域に置いては、当該集団の(外部及び内部)平均総被ばく(バックグラウンドを除く)が年間1ミリシーベルトを超えてはならないと定められ、かつ、集団の平均被ばくが年間1ミリシーベルトを超える場合には、防護措置を実施すべきと定められたことが参考となる。
2011年(平成23年)5月27日、文部科学省は、「福島県内における児童生徒等が学校等において受ける線量低減に向けた当面の対応について」を示し、「今年度,学校において児童生徒等が受ける線量について,当面,年間1ミリシーベルト以下を目指す」としており、これは一定の評価ができるものの、更に、児童生徒等が学校外において受ける線量、また、児童生徒等に限らず地域住民が受ける線量の低減に向けた取り組みが必要となることは当然である。
(3) これらの点から、前述した緻密なモニタリング結果に基づいて作成される詳細な汚染分布図を適切に活用し、国及び関係地方公共団体により、以下の対処がなされることが必要である。
① 汚染地図の状況に応じて、当該地域における累積被ばく量の推定値に応じた被ばく回避措置について、適切な行動指針を住民に示すこと。さらに、汚染分布図と上記推定値から、年間の累積被ばく量が1ミリシーベルトを超え、又は、超えることが予想される地域については、その地域の住民が各人の生活様式や職種など個々の事情に応じた被ばく管理を可能とするために、各人住民一人一人に線量計を配布するなどの適切な措置を講じること
② 上記①の地域について、当該地域の道路、公園、水路などの公共施設につき定期的に除染を行うこと。また、当該地域について、降下した放射性物質の大気中への再拡散を抑制するために、不動産所有者等に定期的な表土の除去や、植物利用による除染など適切な措置をとるよう指導し、かつ、自己所有地などについて除染作業を行った住民及び地方自治体に対して、国がその費用を助成すること。
③ 特に、放射線に対する感受性の強い子どもの被ばく回避と被ばく管理のため、上記①の地域において、同地域内の保育園や幼稚園、小中学校(認可外保育施設を含む)につき、各施設への線量計の配布を前提として、累積被ばく線量の管理と報告を義務付け、定期的に校舎等の施設建物の除染、土壌の入替え等を行い、状況に応じて仮設校舎等の建設を行うなど、子どもの被ばく回避のためのあらゆる手段を講じること。
④ 上記①の地域の内外を問わず、国民の内部被ばくの防止を徹底するため、食品及び飲料水などに対する徹底的かつ長期的な放射線量測定を実施すること。
⑤ 地表面や植物などに付着していた放射性物質が、地域の清掃活動などにより、放射性物質が付着した廃棄物として集積され、各自治体における一般家庭ごみと同様のルートで不用意に処理される場合、廃棄物の収集および処理に従事する作業員が放射線に被ばくするおそれがあり、また、放射性物質が付着した廃棄物が、一般家庭ごみと混じって焼却処理される場合には、焼却場から放射性物質の生活環境への再拡散を招くおそれもあることから、廃棄物処理に関する分別基準を見直し、放射性物質に汚染された廃棄物とそれ以外の廃棄物との分別基準及びその方法、収集及び運搬の方法、放射性物質に汚染された廃棄物の処理方法等に関する指針を速やかに策定したうえで、放射性物質の再拡散を防止するため、適切な処分場の調達など実現可能な措置をとること。

 

6 住民に対する継続的かつ徹底的な健康管理措置の実施
(1) 長期間にわたり低線量放射線に被ばくした場合の人体に対する影響(確率的影響)については、関連する資料・データが極めて少なく、専門家においても見解が異なっているという現状であり、長期間の低線量放射線被ばくによって、将来、不特定多数の住民に極めて甚大な健康被害がもたらされることが懸念される。
特に、子どもは、成人に比較してより放射線の影響を受けやすい(放射線感受性が高い)との研究結果が多くあり、子どもの長期的な低線量放射線被ばくによって、極めて甚大な健康被害がもたらされる危険性が高い。
このように、長期的な低線量放射線被ばくによる健康被害の程度・規模を客観的資料によって正確に予測することはできず、想定を遥かに上回る健康被害が発生するおそれがあることは決して看過されてはならない。
(2) このような観点から、個々人の被ばく線量を適切に把握して健康への悪影響を可及的に排除するため、国又は東京電力の費用負担の下、国及び関係地方公共団体により、特に子どもを最優先とした該当住民に対して、健康管理措置が実施されなければならない。
2011年(平成23年)5月27日、福島県は、全県民を対象として健康管理調査を実施するとしており、これは一定の評価ができるものの、健康管理措置は長期的、継続的かつ徹底的に実施されなければならず、具体的には、以下の処置が実施されるべきである。
住民の被ばく管理に関し、
① 最先端の内部被ばく検査機器(ホールボディカウンター、バイオアッセイ法)等を備えた地域拠点医療機関を指定し、地域の医療機関とのネットワークを構築すること。
② ①の医療機関ネットワークを基礎に、該当地域内の住民(特に子ども)に対して、長期間にわたって定期的な被ばく線量測定・モニタリング及び定期的健康診断を実施し、その結果に関する情報の共有化を図ること。

 

7 汚染地域の環境回復措置の実施
(1) 福島県を中心とする福島第一原発の被害地域において、被害住民が第一に望むことは、事故以前の環境への回復措置である。ふるさとを愛する住民にとって、金銭的な補償のみでは到底不十分である。国、関係地方公共団体及び東京電力は、汚染された地域を元の環境に回復するためのあらゆる努力を怠ってはならない。警戒区域も対象として、可能な限りの環境回復措置を早急に進めることは当然のことである。さらには、放射性物質の除去のための研究を進め、避難している住民が、出来る限り早期に、もとの地域に戻れるような措置を講じるべきである。
(2) 「原状回復など不可能である」として、住民をもとの土地に帰すことなく「棄民」とすることや、財政上の理由から「妥協した」原状回復措置に止まること、さらには安全基準の安易な引き下げなどが行われてはならない。大気・土壌・海洋における汚染物質の除去のためのプログラムの策定を早期に進めることが重要である。特に、土壌に降下した放射性物質については、表土の入れ替えや植物利用による除染(ファイトレメディエーション)等、あらゆる方策を実施すべきである。
その上で、長期的な居住制限が真にやむを得ないとされる地域が仮に残されるのであれば、徹底的に情報を公開し、放射線の放出による健康上の具体的なリスク等を含め,当該地域の住民に対する説明義務を尽くすとともに,国、関係地方公共団体及び東京電力の責任において当該地域のコミュニティ維持を前提とした代替居住地の確保を行うべきである。

 

8 学際的・総合的な研究拠点の設置
(1) 今回の福島第一原発の事故は、複数の原子炉が相次いでトラブルに陥り、長期間にわたり放射性物質の放出が継続するという人類が未だかつて経験したことのない事態に直面している。前述したように、事故の被害は計り知れないものであるが、この危機的状況に屈することなく、事故の教訓を最大限にくみ取り、その教訓を世界に向けて発信することがわが国の世界に対する責務でもある。このような事態は、わが国特有の問題ではなく、原子力発電所を抱える国々においては、どの国においても生じ得ることである。特に、長期間にわたる低線量被ばくによる健康・環境への影響、除染をはじめとする効果的な放射線防護策などは、科学技術的に未解明の部分も多く、今回の事故の被害回復のためにも、研究と解明を進めていく必要がある。
今回の「原発震災」の苦い経験は、今後、世界のエネルギー政策を根本から転換する契機になるであろうし、既に原発を保有している国々の原発の安全対策上の重要な資料を提供するものとならなければならない。
さらに、上述したような施策、すなわち環境回復、地域の復興等の施策についても、最先端の自然科学及び社会科学の知見に基づき推進していくことが必要であり、世界の知性を結集した学際的・総合的な研究を基礎としなければならない。
(2) これらの科学的研究及び社会的研究を総合的に進める研究拠点を、原発震災の最大の被災地である福島県内に設置し、総合的、学際的研究を進めるべきである。そして、この研究施設の設立・運営等の資金については、東京電力がその一部を負担すべきことは当然であるが、ここで得られた成果は将来にわたり、国民さらには人類全体の放射線防護や放射性物質による汚染から環境回復のための利益となることを踏まえて、国による十分な予算措置を講じることが求められる。

 

9 当連合会は、原発事故被災地の真の復興のため、国及び東京電力等に対し、福島第一原発事故を早期に収束させ、これ以上の放射性物質の放出を防止するためのあらゆる手段を講じることを求めるとともに、国又は東京電力の費用負担のもとに関係地方公共団体とともに以上の施策を至急実行することを求めるものである。

 

以上