2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災は,マグニチュード9.0という我が国観測史上最大の地震とそれによって引き起こされた大津波により,東日本の太平洋沿岸部に甚大な被害をもたらした。この大震災による死者は15,000人,行方不明者は7,000人を超えるとともに,現在も被災した多くの方々が過酷な避難生活を強いられている。また,東京電力福島第一原子力発電所で発生した放射性物質の漏えいにより,約10万人もの周辺住民が避難生活を余儀なくされている(数字はいずれも本年7月8日現在)。
当連合会は,未曾有の大災害の犠牲となられた方々に謹んで哀悼の意を表するとともに,過酷な状況に置かれている方々に心よりお見舞いを申し上げる。
現在も,住む家や生活の糧を失った多くの市民が,今後の生活の見通しを立てられない中で不安な日々を送っている。被災した方々に対しては,住宅・雇用・生活資金の確保等に関する緊急支援が不可欠の課題であるとともに,災害弱者である高齢者,障がい者,子ども等に対する支援や,女性や外国人に対する特別の配慮も重要な課題である。このような状況のもとで,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士は,これまで以上にその責務を全うすることが強く期待されている。
当連合会は,このような弁護士の使命を果たすために,被災者一人一人が基本的人権を回復し「人間の復興」を遂げられるよう,被災者の救済と被災地の復旧・復興支援に全力で取り組むことをここに宣言するとともに,復旧・復興活動の責任を負うべき国,地方公共団体,日本司法支援センター等に対し,下記の対応を早急に実施するよう求める。

 

 

1 被災者の生活再建支援のために,災害救助法,被災者生活再建支援法,災害弔慰金法,生活保護法等の関係諸法規について,生活基盤の再生に資するよう,法改正及び運用改正を行うこと。
2 被災した市民や中小事業者の生活や事業の再建を促すために,担保物件やリース物件等が被災した債務者についてはその物件に関する既存債務を免除する措置を講ずるとともに,市民や中小事業者を対象とした無利子(ないしは低利)融資や助成金制度等の措置を講じること。
3 被災者の法的紛争の解決を支援するために,民事法律扶助制度について,災害特例的措置として,資力要件の原則撤廃,代理援助審査手続の簡略化,償還免除・猶予の原則化,法律相談援助の回数制限撤廃,震災ADRへの適用等を実施し,同制度を充実・発展させること。

以上のとおり決議する。

2011年(平成23年)7月8日
東北弁護士会連合会

 

 

提 案 理 由


1 はじめに


2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災は,我が国観測史上最大のマグニチュード9.0を記録し,それによって引き起こされた大津波により,東日本の太平洋沿岸部の市街地,農地,港湾,空港等に甚大な被害をもたらした。さらに,地震・津波に伴う火災等の二次被害や度重なる余震により,その被害は拡大・深刻化している。この大震災による死者は15,000人,行方不明者は8,000人を超えるとともに,現在も多数の被災者が,避難施設や仮設住宅等で過酷な避難生活を強いられている。また,東京電力福島第一原子力発電所において発生した原子炉事故による放射性物質の漏えいは,周辺住民のみならず国民全体に多大な不安と脅威を与えており,今なお約10万人もの周辺住民が避難生活を余儀なくされている。

 

2 震災復興の理念と宣言


東日本大震災からおよそ4ヶ月が経過した現在も,住む家や生活の糧を失った多くの被災者が,今後の生活の見通しを立てられない中で不安な日々を送っている。また,避難場所や仮設住宅等の中には,衛生設備や医療体制の不備,プライバシー保持のための設備の欠如などが指摘される施設も多く,被災者の多くは,「健康で文化的な最低限度の生活」にはほど遠い過酷な環境のもとでの生活を強いられている。
こうした被災者に対しては,基本的人権の保障の理念のもとで,一人一人が立ち直るための「人間の復興」が図られなければならない。特に,災害弱者である高齢者,障がい者,子ども等に対する支援や,女性や外国人に対する特別の配慮は重要な課題である。このような状況のもとで,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士は,これまで以上にその責務を全うすることが強く期待されている。
当連合会を構成する各弁護士会は,被災した人々の復興を支援するため,これまで,復興に向けた各種の具体的な提言等を行うとともに,無料の電話相談や各地の避難所等を中心とする無料の面接相談会等を実施してきた。当連合会は,今後も,基本的人権の擁護という弁護士の使命を全うするため,被災者一人一人の「人間の復興」を最大限支援することをここに宣言する。

 

3 国や地方公共団体等への要請


この大災害による甚大な被害から被災した人々を救済し,被災地域を復旧・復興することは国家の当然の責務であり,国の強いリーダーシップによる政策提言と積極的な財政措置が不可欠である。しかし,被災者と被災地の復興は,あくまで,被災した人々の目線に立ち,被災した人々の意思を最大限尊重した被災者一人一人が立ち直るための復興でなければならず,国が被災地域の市民に復興支援策を押しつけるようなことがあってはならない。
当連合会は,これまで各地で実施されてきた電話相談や避難所面接相談に寄せられた被災地の実情を踏まえ,国や地方公共団体,日本司法支援センター(以下「法テラス」という)等に対し,以下のような復興支援策を提言する。

 

4 各関係諸法規の制度・運用の改正について


大規模災害の被災者である市民の生活再建を支援するための制度としては,災害救助法,被災者生活再建支援法,災害弔慰金法,生活保護法等の関係諸法規が存在する。しかし,これらの各法は,被災者の生活基盤の再生を図るには以下に述べるような不備が存在しており,速やかに制度自体及び運用の改正が行われるべきである。
(1)災害救助法について
災害救助法は,災害直後の市民生活を応急的に立て直すための国や地方公共団体等の責任を定めた法律である。同法23条2項においては,「救助は,都道府県知事が必要があると認めた場合においては,(略),救助を要する者(略)に対し,金銭を支給してこれをなすことができる。」と規定されており,法律上,現金支給による救助が可能とされているが,実際の運用においては,現物支給による救助のみが行われている。
しかし,現物支給による救助のみに限定した現在の運用では,被災地における機動的かつ迅速な災害救助を実現できているとは到底言い難い。震災から約4ヶ月が経過した今日,多くの被災地では店舗も再開しているのが実情であり,現物での支給よりも,被災者各人がその生活に必要な物資を購入できるような手当を講じることが,より生活の再建に資することは明らかである。
したがって,災害救助法の運用に当たっては,同法23条2項の法文どおり,現金支給を実施すること等により,機動的で迅速な災害救助を実現するべきである。
(2)被災者生活再建支援法について
被災者生活再建支援法は,自然災害の被災者の生活再建を支援するための支援金の支給等を定めた法律である。同法に基づく支援金は,数少ない「支給」の支援策であり,被災者の経済的支援としては極めて有用な制度である。しかし,その支給額は,基礎支援金が最大で100万円,加算支援金が最大で200万円となっており,自宅を失った(ないしは大半を損壊した)被災者の生活再建資金としては十分な額とは言い難い。したがって,被災者の生活再建を実のあるものにするために,支援金の額の大幅な見直しが図られるべきである。
また,津波や造成土地の崩落による被害についても,津波で1階部分が浸水にした家屋においては海水流入により住居としての機能が著しく損われることや,土地の崩落により建物自体は損壊していなくとも住居としての機能が著しく損なわれていること等を十分に考慮し,被害の実情にあった柔軟かつ妥当な給付が実施されるべきである。
(3)災害弔慰金の支給等に関する法律について
災害弔慰金の支給等に関する法律は,災害により死亡しまたは重大な障害を負った者についての弔慰金支給を定めた法律である。同法においては,死亡者に関する弔慰金(同法3条3項),重度障害者に対する障害見舞金(同法8条2項)が定められているが,いずれも生計維持者(一家の支柱)であるか否かによって金額が大きく異なっている。しかし,この取扱は合理的な根拠を欠くものであるから直ちに撤廃されるべき(生計維持者への支給基準で統一されるべき)である。また,障害見舞金の支給基準は,労災障害等級1級程度の重度障害に限定されているが(同法8条1項,別表),この基準はあまりに支給範囲を限定しすぎていることから,基準を緩和し,身体障害者手帳及び精神保健福祉手帳の等級1ないし3級程度に支給対象を広げるべきである。
(4)生活保護法について
ア 生活保護者及び生活困窮者のための生活保護に関する要件や手続については,既に被災者の被災状況を考慮した各種特例措置の策定や柔軟な運用がなされているが,甚大な被害を受けた自治体によっては,国からの情報を十分に把握し運用できずに混乱を来す状況も見受けられる。そこで,各種特例措置については再度通知等で周知徹底を図るほか,被災自治体が人員不足等により事務手続に十分対応できない状況にあるときは,国及び周辺市町村において人的援助を実施し,被災自治体の機能を回復させるなどの措置を直ちに講じるべきである。
イ また,被災地の中には,鉄道やバス等の交通網が未整備であったり,復旧していない地域も少なくないため,自動車は通勤・買い物などの日常生活にとって極めて重要な移動手段となっている。そのため,自動車の保有を理由に生活保護の適用が認められないと,生活保護による生活の立て直しは著しく困難となる。そこで,生活保護申請を行う被災者には,地域の交通事情に応じて柔軟に車両保有を認めるよう,保護決定の要件を緩和すべきである。

 

5 被災した個人や中小事業者の既存債務の免除や融資・助成金制度について


(1)金融機関からの融資等で居住用不動産,自家用自動車を購入した市民や,金融機関からの融資やリースにより事業用資産を購入していた事業者は,資産の喪失とともに,既存の債務の返済という困難な問題に直面している。地震や津波,火災により無価値となった資産と多額の債務が残った被災者は,新たな融資を受けて資産等を購入できたとしても,既存の債務とともに新たな債務を負担し,いわゆる「多重ローン」の状態となり,生活・事業の再建に行き詰まる事態が予想される。
(2)現行法のもとで既存債務の負担を軽減するための方策としては,破産や民事再生手続の活用が考えられるが,これらの制度を利用するときは,今後の生活に必要となる資産を処分しなければならないおそれがあること,信用情報機関に事故情報の登録がなされ以後の融資等が受けられなくなること等の問題があり,既存の制度は,被災者の生活や事業の再建にとって不十分なものと言わざるを得ない。被災者が生活や事業を立て直し,復興を遂げるためには,政策的な観点から,財産や経済的信用を失うことなく既存債務から解放されるような制度が,早急に実現されなければならない。
(3)そこで,被災した債務者を救済するための具体的な方策として,震災によって家屋や生産設備を失った被災者に対し,被災した物件に関する既存債務を免除する制度を設けるべきである。そして,金融機関等が被災者に対する債権を放棄した場合には,当該金融機関が放棄した債権を全額無税償却できる等の措置を講じるとともに,経営に不安が残る金融機関に対しては,公的資金の投入や政府機関等による不良債権の買取りを積極的に行う等の方法によって支援を図るべきである。
(4)さらに,既存債務の免除だけでは,被災者の生活基盤の安定や地場産業の復興支援としては十分でないことから,被災した個人及び中小事業者に対し,無利子または低利の融資制度や助成金制度を充実させるべきである。

 

6 民事法律扶助制度の充実・発展について


(1)民事法律扶助制度の果たすべき役割
東日本大震災の発生後,各地で救助・支援活動が展開されているが,その一環として,被災地の復旧・復興を図るために,法的見地から被災者の生活再建に向けた支援を行うことが法律実務家に期待されている。また,「あまねく全国において,法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会を実現すること」(総合法律支援法2条)を基本理念とする法テラスに対しても,被災した市民が速やかに必要な法的支援を受けられるような対策を実施することが期待されている。
以上のような期待に応えるためには,被災者が迅速にかつ適正な法的支援を受けることができるよう,被災者からの法律相談や代理援助申込みに関し,法テラスの運用の一部を変更するとともに,総合法律支援法の適用範囲を拡大すること等により,民事法律扶助制度の充実・発展させる対応が必要である。
(2)資力要件の撤廃について
東日本大震災の被災者の多くは,住居その他の財産を失っており,被災地に職場のあった者の中には失職した者も少なくない。そのため,震災前の資産・収入の高低を問わず,被災者の多くは経済面で過酷な状況に置かれている。したがって,被災者については,従来の資力要件が,援助を受けるための指標として適用される前提を欠いていると考えられることから,被災者からの申込みについては,原則として資力要件を撤廃すべきである。
(3)審査手続の簡略化(必要書類の全部ないしは一部の免除)について
前述のように,この度の震災により,被災者の多くは住居や職場を失ったり,その内部が損壊したりする等の被害を受けている。そのため,自宅や職場にあった関係書類(審査において徴求される書類)が失われてしまった者も少なくない。また,被災地には,行政機関の庁舎が被災し損壊している地域も見られることから,これらの地域では,当面の間は,住民票,課税証明書等の公的書類を取得できない可能性がある。
したがって,代理援助の審査において求められる必要書類について,被災者の事情により全部または一部を徴求しない等,柔軟な対応がとられるべきである。
(4)立替金の償還免除・猶予について
代理援助においては,原則として,最終的に被援助者からの償還が予定されており,現在の制度のもとでは,基本的には,生活保護世帯及び準生活保護世帯における援助利用者について,償還免除が認められているに過ぎない。しかし,前述のように,被災者の多くがその資産を失い今後の生活の目処さえ立っていない状況にあることから,生活の再建に加えて立替金の償還を求められることは,被災者にとって過大な負担となると考えられ,ひいては被災地域の復興の妨げともなりかねない。
したがって,代理援助を受けた被災者の立替金の償還については,基本的に償還が免除されるべきであり,少なくとも生活が再建されるまでの間は,その償還が猶予されるべきである。
(5)法律相談援助の相談回数制限の撤廃について
現在の運用のもとでは,法律相談援助は,同様の内容の法律相談については3回までしか援助を受けられないとされている。しかし,被災者の置かれている状況は日々変化することが予想され,3回までの相談で必要な情報を得られるとは限らず,状況に応じて何度も相談をしなければならない者も少なくないと予想される。したがって,現行の相談回数の制限についても,被災者に関しては撤廃すべきである。
(6)震災ADRへの適用について
東日本大震災は,家屋を押し流し,住居・塀等を著しく損傷させ,隣地間の境界を失わしめるといった甚大な被害を生じさせている。それに伴って生じる紛争は,借地借家問題をはじめ,建物や工作物の倒壊等の近隣問題,境界問題,解雇をはじめとする労働問題等,当事者間の話し合いによる解決になじむ事案が大きな割合を占めている。そのため,これらの紛争の解決にとっては,各地の弁護士会が設置する裁判外紛争解決手続(ADR)が積極的に活用されるべきである。そこで,ADRを活用する市民の手続に要する費用等の負担を軽減するために,当事者が和解成立時等に支払う手数料も法律扶助の対象とすべきである。

 

7 むすび


東日本大震災による被害の復旧・復興には,その被害の甚大さに鑑みると,長い年月がかかることが予想される。しかし,被災した市民の権利が十分に保障され,「人間の復興」が実現するまで,継続的に震災復興に向けた取り組みが続けられなければならない。
復興に向けた取り組みは,まだ始まったばかりであるが,当連合会が本決議が求める立法提言及び制度の運用改正は,復興を支援するために極めて重要なものであり,是非ともその実現が図られるべきである。

以上