2010年(平成22年)11月4日未明、秋田弁護士会所属の津谷裕貴会員が、自宅に押し入った男に刃物で刺され死亡するという凄惨な事件が発生した。
犯人は同会員が受任していた離婚事件の相手方であり、逆恨みから殺害に及んだと見られている。無念なことに、110番通報で現場に臨場した警察官は、面前の殺害行為を阻止できなかった。
かかる暴力による弁護士活動への妨害行為は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする我々弁護士の職務に対する重大な挑戦であり、法に従って紛争を解決していくという司法制度の根幹を揺るがすものとして断じて許すことができない。
私たちは、暴力による弁護士活動への妨害行為にひるむことなく、断固として弁護士の使命を貫徹していくことを決意し、今後二度と、同種事件を生じさせない体制の構築を目指すことを、ここに表明する。
また、本件では、警察の対応が適正・適切なものであったのかについて多くの疑問があり、かかる疑問を解消するためにも速やかに適正かつ十分な調査がなされ、その検証結果については広く一般市民にも公表されるべきである。
そして、かかる調査・検証は、警察以外の第三者機関を設置するか、または,少なくとも外部委員を登用するなどして客観性を確保すること、その検証結果のみならず検証過程についても公開するなどして、透明性を確保することが必要である。
そこで、当連合会は、警察庁、東北管区警察局、秋田県公安委員会及び秋田県警察本部に対し、本事件における緊急通報後の対応に問題がなかったかについて第三者機関又は外部委員を交えた客観的かつ十分な検証を行うこと、及び検証の結果のみならず検証の過程も含め十分な情報公開を行うことを強く求める。
以上のとおり決議する。
2011年(平成23年)7月8日
東北弁護士会連合会
提 案 理 由
1 弁護士に対する業務妨害事件が全国的に発生している。
弁護士業務を妨害する態様は、殺人、傷害、暴行、脅迫、名誉・信用毀損行為、偽計によるもの、器物損壊等が存在する。なかでも、妨害者が、単なる嫌がらせや脅かしの域を超えて弁護士やその家族・法律事務所職員に対する現実的な危害にまで及ぶ行為は業務妨害の最たるものである。
殺傷目的で危害が加えられ現実に弁護士、その家族、法律事務所職員の命が絶たれたという痛ましい事件も生じている。平成元年に発生した坂本弁護士一家殺害事件以降も、1996年(平成8年)には人格障害を有する依頼人が弁護士を逆恨みし、弁護士を事務所で刺殺した事件、1997年(平成9年)には証券会社に恨みを持つ男が苦情処理にあたった弁護士の妻を殺害した事件、2007年(平成19年)には母親の財産管理をしていた弁護士から居場所を聞きだそうとした男が法律事務所職員を殺害した事件、2009年(平成21年)には離婚訴訟の相手方である夫が、妻の代理人である弁護士を事務所で刺殺した事件がそれぞれ発生している。
そして、昨年11月4日、この東北の地でも、秋田弁護士会所属の津谷裕貴会員が、自宅に押し入った男から刃物で刺され死亡するという痛ましい事件が発生した。報道や関係者からの説明等によれば、加害者は、津谷会員が数年前に手がけた離婚調停の依頼者の夫であるとされている。この事件は、受任していた離婚事件の相手方であった者が弁護士への逆恨みから殺害に及んだものである疑いが強い。
2 我々は弁護士の使命を貫徹するため暴力による妨害行為に屈しない。
このような弁護士やその家族、法律事務所職員の命にもかかわる暴力的業務妨害に直面すると、弁護士が毅然としてその職責を果たしていくことが困難となりかねない。また、関係者からの弁護士に対する妨害行為は弁護士に対してだけではなく、その家族や事務職員にまで及ぶケースがあり、弁護士は、自らだけではなく、事務職員や家族の安全にも配慮していかなければならない立場にある。
我々弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命としており(弁護士法1条)、我々弁護士が暴力による妨害行為に屈していては、このような使命を果たすことができない。
弁護士が暴力に屈してその職務を果たせないこととなれば、自己の権利が侵害された国民は法律専門家による十分なサポートを受けることができない。その結果、国民が自らの権利の実現をはかることができずに社会正義に反した結果に甘んじなければならないとすれば、個々の国民の憲法上保障された裁判を受ける権利を失わせしめるものである。
また、暴力による弁護士業務の妨害行為は、法に従って紛争を解決していくという司法制度が暴力によって歪められる結果をももたらすものであって、法の支配の根幹を揺るがすことにもなりかねない。
したがって、弁護士に対する暴力による妨害行為は、一弁護士に対する妨害行為と言うにとどまらず、市民の基本的人権を擁護し、社会正義を実現するという弁護士業務一般に対する重大な挑戦であり、たとえ暴力的手段による業務妨害であろうとも、我々弁護士がこれにひるむわけにはいかない。
日本弁護士連合会は、坂本弁護士拉致被害事件が発生した直後の1990年度(平成2年度)の定期総会において、弁護士業務妨害に関する決議を採択し、その中で「暴力的手段による弁護士活動の妨害は司法制度ないし法秩序への挑戦であることを厳しく認識し、一致団結してこれと闘い、基本的人権の擁護と社会正義の実現のため全力を尽くす決意」を表明し、全国の弁護士の共通の決意表明とした。
昨年の津谷会員の事件と直面した私たちは、この大会の場において、暴力による弁護士業務に対する妨害にひるむことなく、断固として弁護士の使命を貫徹していく決意であることを改めて表明する。
3 暴力による弁護士活動への妨害行為に適切に対応する体制を構築する必要性について
基本的人権を擁護し、社会正義を実現するという弁護士に与えられた使命を実現するためには、弁護士活動の安全が確保され、自由な弁護士活動を行うことができる環境が確保されることが必要である。しかしながら、暴力による弁護士活動への妨害に対しては、基本的に、個々の弁護士による自衛に委ねられてきたのが実情である。
しかし、暴力による弁護士活動への妨害行為が、我々弁護士の職務に対する重大な挑戦であることを理解し、会員個人による対応だけではなく、各弁護士会が妨害を受けた会員と共に一丸となって対応できる体制や事案に応じた関係機関との連携、要請のあり方などについて検討していくことが不可欠である。
当連合会も各弁護士による自衛によるだけではなく、今後二度と同種事件を生じさせない体制の構築を目指す所存である。
4 津谷会員の妻からの緊急通報後の警察の対応の検証の必要について
津谷会員の事件においては、津谷会員の妻からの「男が夫を殺すといって自宅に押しかけている」との緊急通報を秋田県警が受けながら、臨場した警察官は秋田県警刑事部長通知(平成22年8月31日付け)の趣旨に反して耐刃防護衣等を着用せず、携行を義務付けられていた警棒も所持していなかったことが明らかとなっている。
また、臨場した警察官は、けん銃を奪い取った津谷会員を犯人と誤認して取り押さえ、その隙に被告人が刃物を取り出して同会員を刺殺した疑いが強い。
このような警察官の初期対応については、適正・適切な対応であったのか多くの疑問を生じさせており、その真相の究明及び客観的な検証が急務である。
そして、その検証にあたっては、対象が警察内部の事柄であり、当初の説明が二転三転するなどしていることからも、秋田県警察本部及び所轄警察署において行うだけでは不十分である。そこで検証の客観性を確保するために、第三者機関を設置するか,または,少なくとも外部委員を登用するなどして警察外部の視点も加えて客観的かつ徹底した検証を行うことが、市民の安全安心を守る役割を果たす警察たり得るためにも不可欠である。
さらに、その検証においては、検証結果のみならず検証過程についても広く一般市民にも公開し、透明性を確保することが必要である。
そこで、当連合会は、警察庁、東北管区警察局、秋田県公安委員会及び秋田県警察本部に対して、速やかに透明性のある形で客観的かつ徹底した検証を行うこと、及び検証の結果だけではなく、その過程も含めた十分な情報公開を行うことを強く求めるものである。
以上
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