本年5月3日、日本国憲法が施行されてから70年の節目を迎えた。

 日本国憲法は、「自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民にあることを宣言」(前文第1項)し、国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義を基本原理とする。この日本国憲法の下で、私たちは自由で民主的な社会を追求し、また歴代政府は専守防衛政策により他国と武力紛争を起こすこともなく、国際社会においても政府やNGO(非政府組織)などが貧困・飢餓対策や教育支援等による紛争の原因除去に努めるなどして、世界から平和国家としての信頼を得てきた。また、憲法第9条は日本の防衛力強化や日米の軍事的結びつきの強化という現実政治との深刻な緊張関係を強いられながらも自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使及び集団的自衛権行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能していた。そして、これらの基本原理を支えているのが、国家権力を制限することにより国民の基本的人権を保障するという立憲主義の理念である。

 しかしながら、昨今の憲法をめぐる情勢は日本国憲法の基本原理及び立憲主義を後退させるものとなっている。例えば、2013年12月成立した特定秘密保護法(2014年12月施行)は民主主義にとって不可欠な国民の知る権利や取材・報道の自由に対する大きな制約となる。また、2015年9月に制定された安保法制(2016年3月施行)は、従来の政府解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認するものであり、恒久平和主義に反する。さらに、政府与党の中には、憲法を改正して、戦争・内乱・恐慌・大規模自然災害等の非常事態において行政権に権力を集中させる国家緊急権(緊急事態条項)を創設する動きもあるが、東日本大震災においてさえ国家緊急権の必要性が確認されたことはなく、また重大な人権侵害を防ぐ実効性ある仕組みは用意されていないため基本的人権の保障を蔑ろにしかねない。

 このような情勢を踏まえ、私たちは、改めて日本国憲法の基本原理及び立憲主義の意義や果たしてきた役割を確認すべきである。

 よって、当連合会は、国に対し、国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義及びこれらの基本原理を支える立憲主義の理念を堅持するよう強く求める。

 以上のとおり決議する。
                              2017(平成29)年7月7日
                                   東北弁護士会連合会 

提 案 理 由

1 日本国憲法の基本原理

 日本国憲法は、アジア・太平洋戦争で2000万人が死亡したと言われる惨禍への痛切な反省を踏まえ、1946(昭和21)年11月3日に公布され、1947(昭和22)年5月3日に施行された。今年は日本国憲法が施行されて70年の節目にあたる。
 日本国憲法は、前文第1項において「自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民にあることを宣言」した上で、更に第1条に国民主権を明記することでそれまでの国家と国民の関係を逆転させ、国家は国民の幸福追求の権利を始めとする基本的人権を保障するために存在するものとした。大日本帝国憲法下では法律の範囲で認められた臣民の権利に過ぎなかった国民の基本的人権を、過去幾多の試練に堪へ、侵すことのできない、現在及び将来の国民に与えられた、永久の権利として保障するとともに、憲法前文及び第9条により徹底した恒久的平和主義を定める。この日本国憲法の基本原理を支えるのが、立憲主義の理念である。

2 立憲主義の理念

 日本国憲法をはじめとした近現代憲法に共通する基本理念である立憲主義とは、憲法で権力を制限することにより基本的人権を保障する考え方をいい、その歴史は、専断的な権力を制限することにより広く国民の権利を保障するとの思想が発達した18世紀末の近代市民革命期まで遡る。
 立憲主義は、「個人の尊重」と「法の支配」を中核とする。
「個人の尊重」とは、人間社会における価値の根源が個人にあるとし、何にも勝って個人を尊重しようとするものである。一方では利己主義を否定し、他方では全体主義を否定することですべての人間を自由・平等な人格として尊重しようとするものであり、個人主義とも言われる。日本国憲法第13条も「すべて国民は、個人として尊重される」と示している。憲法の基本原理である国民主権と基本的人権の尊重も、ともに「個人の尊重」に由来しており、さらに、人間の自由と生存は平和なくして確保されないという意味で、平和主義も「個人の尊重」に由来するとともに、基本的人権の尊重及び国民主権と密接に結びついている。
 「法の支配」とは、専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理である。法の支配の内容として重要なものは、①憲法の最高法規性の観念、②権力によって侵されない個人の人権の保障、③法の内容・手続の公正を要求する適正手続、④権力の恣意的行使をコントロールする裁判所の役割に対する尊重である。日本国憲法も、基本的人権の永久・不可侵性を確認するとともに(憲法第11条、第97条)、憲法の最高法規性を確認し(憲法第98条)、公務員に憲法尊重義務を課し(憲法第99条)、また、適正手続を保障し(憲法第31条)、裁判所に違憲立法審査権を付与しており(憲法第81条)、「法の支配」に立脚する。
 このように、日本国憲法は、「個人の尊重」と「法の支配」を中核とする立憲主義の基本理念に基づいている。

3 日本国憲法の果たしてきた役割

 徹底した恒久平和主義を採る日本国憲法のもとで、我が国はこれまで専守防衛政策を採り、他国と武力紛争を起こすこともなく、他方政府やNGO(非政府組織)、市民グループなどは国際社会において貧困・飢餓対策や教育支援等による紛争の原因除去に努めるなどして、世界から平和国家としての信頼を得てきた。
 また、近時の日本の防衛力強化や日米の軍事的結びつきの強化は恒久平和主義の理念と乖離するものであるが、そのようななか憲法第9条は現実政治との深刻な緊張関係を強いられながらも自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使及び集団的自衛権行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能していた。

4 憲法をめぐる情勢と危惧

 しかしながら、昨今の憲法をめぐる情勢を踏まえれば、日本国憲法の立憲主義及び基本原理の理念が著しく後退しているとの強い危惧を抱かざるをえない。
(1)特定秘密保護法の制定・施行
 特定秘密保護法は、各界からの強い反対意見が多数にのぼっていたにもかかわらず2013年12月に強行採決により制定され、2014年12月施行された。
 同法は憲法第21条から導かれる国民の知る権利に奉仕する取材・報道の自由に対する大きな制約になり、その結果国民の知る権利を害し、国民主権の原理にもとるものである。また、同法は刑事罰対象の広範化や重罰化に加え、犯罪の構成要件が曖昧であり、国民やメディアに対する萎縮効果も大きい。さらに、同法が規定する適性評価制度は対象者の交友関係や飲酒、借金等々も調査対象となるもので、国民のプライバシーや思想・良心の自由(憲法第19条)を害する危険が大きい。これらが相俟って、自由な言論・行動空間があってはじめて成り立つ民主主義社会の大きな脅威となるものである。
(2)安保法制の制定・施行
 日本国憲法第9条は、「①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と規定する。
 この日本国憲法第9条と、外国からの急迫または現実の違法な侵害に対して自国を防衛するために必要な一切の実力を行使する権利(以下、「自衛権」という。)に関して、従来の政府解釈は、自衛権は独立国家であれば当然に有する権利であるとしながら、日本国憲法第9条の下で許される自衛権の行使について、自衛権行使の3要件の下、我が国に対する攻撃があった場合、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきであり、我が国への攻撃がないにもかかわらず他国への武力攻撃を実力で阻止する集団的自衛権の行使は自衛権行使の範囲を超えるため、憲法第9条に違反して行使できないというものであった。
 ところが、政府は、2014(平成26)年7月1日、長年国民の間にも定着してきたこの従来の政府の憲法解釈を憲法改正手続や国会における議論もないままに一内閣の閣議決定により変更し、憲法第9条の下でも集団的自衛権は行使可能であるとした。更に、2015(平成27)年9月19日、この閣議決定に基づき、集団的自衛権の行使を認める「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」(通称「平和安全法制整備法」)及び「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動に関する法律」(国際平和支援法)(以下、両法律を併せて「安保法制」という。)が強行採決により成立し、2016(平成28)年3月29日に施行された。
 集団的自衛権の行使容認をはじめ、他国の武力行使と一体化するおそれのある後方支援活動や武力行使に至るおそれのある他国の武器等防護活動を可能にしたことなど、安保法制が憲法第9条に基づく恒久平和主義に反する違憲な立法であることは明らかであり、このような立法行為自体が国務大臣や国会議員に課せられている憲法尊重擁護義務(憲法第99条)に反するものである。さらに、憲法改正の手続によって主権者である国民の意思を確認することなく、憲法によって制限されるべき国家権力自らが恣意的に憲法の解釈を変更して実質的な改憲を行ったことは、国民主権に反し、立憲主義の理念を破壊する暴挙である。
(3)国家緊急権(緊急事態条項)創設の動き
 憲法改正に向けた議論の中で、東日本大震災をきっかけに国家緊急権(緊急事態条項)の創設が検討されている。
 国家緊急権とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限をいう。国家緊急権は、立憲的な憲法秩序を一時的にせよ停止し、行政権への権力の集中と強化を図って危機を乗り切ろうとするものであるから、立憲主義との間で重大な緊張関係にある。また、ひとたび行使されると重大な人権侵害に繋がる危険性が高い。
 大規模な自然災害については、災害対策基本法、災害救助法等々の適切な活用により十分対応が可能である。東日本大震災の教訓は、なによりも震災等の最前線に立つ自治体が事前にきめ細やかな効果的対策を立てる事こそ肝要であり、事後的な国家緊急権は必要ないということである。国は自治体のバックアップ役に徹すべきであり、また、被災者や福島第一原子力発電所事故による被害者の権利保障が十分になされていない現状に照らすと、国家緊急権を創設することは人権保障の一時停止により被災者・被害者の権利保障を後退させることに繋がりかねない危惧がある。
 内乱については警察法等により事態に対処する体制が整備されており、恐慌については事前の経済政策こそ肝要であり、国家緊急権で解決できる問題ではない。
 戦争については憲法第9条の下ではなによりも平和的手段による解決が目指されるべきであるし、自衛隊法などの現行法制度を超えて一足飛びして憲法を一時的にでも停止する国家緊急権を憲法に設ける理由は極めて乏しい。
 以上のとおり、立法事実が不明確なままで、重大な人権侵害を防ぐ実効性ある仕組みもないままに、安易に憲法に国家緊急権を創設することは、基本的人権の尊重を著しく後退させ、立憲主義を破壊するものであって断じて容認できない。

5 本決議の意義

 日本国憲法施行70年の節目を迎え、戦後日本国憲法の果たしてきた役割の大きさに今改めて想いをはせるとともに、特定秘密保護法の制定・施行、安保法制の制定・施行等により憲法の立憲主義の理念及び国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義という基本原理が著しく後退しつつある現在の憲法をめぐる厳しい情勢を認識する必要がある。
 当連合会は、弁護士法第1条に定める基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、国家権力の濫用がなされないような法制度の実現に努力する弁護士が加入する弁護士会の連合会として、多くの市民と協調し、国に対し、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義などの基本原理及びそれを支える立憲主義の理念を堅持するよう強く求めていくことをここに決議する。

以上