生活困窮者に対し、生活保護の受給に至る前の早期支援を行い、生活困窮状態からの脱却を目指す生活困窮者自立支援制度(以下「本制度」という。)に基づく事業が2015年4月に開始されてから2年で、約45万人の相談があった。しかし、自ら自立相談支援機関へ相談できるケースばかりではないことから、いまだ多くの生活困窮者が相談をせず、支援を受けていないことが想定され、埋もれている生活困窮者の掘り起こしが急務である。また、自立相談支援機関の設置、運営及び相談支援等の事業を実施する自治体や自治体から委託を受けた社会福祉法人等(以下「受託法人」という。)の体制、社会資源とのつながりの不足等のために、地域によって、生活困窮者に対する支援内容に格差が生じていないかとの懸念がある。加えて、現在は任意事業とされている家計相談支援事業等も、生活困窮者の自立支援には欠かせないものであるから、必須事業とすべきである。しかし、必須事業に伴い増加する業務に対応できるように支援員の増員がなされなければ、個々の支援員の負担が増えるだけであり、結果的に、生活困窮者に対する支援の質の低下を招きかねない。

 ところで、多重債務、離婚、成年後見、相続といった法的な問題を抱えている生活困窮者に対し、法律専門家として弁護士が支援をすることに対する期待は大きい。他方、わたしたち弁護士は、日々の法律相談等の弁護士業務を通じて生活困窮者に接する機会は多いが、必ずしも、弁護士だけで、多様かつ複合的な課題を抱える生活困窮者に対して包括的かつ効果的な支援ができるわけではない。したがって、わたしたち弁護士及び弁護士会は、本制度に連携し、自立相談支援機関が行う支援に協力をする一方、自らの相談者の困窮を救済するために、多重債務対策、生活保護制度の利用等のほか、自立相談支援機関への紹介を積極的に行うことが必要である。

 当連合会は、以上に述べた課題等を踏まえ、国に対し、以下の第1項(1)ないし(3)の措置を講ずることを求めることを決議するとともに、第2項のとおり宣言をする。

1(1)支援を必要とする生活困窮者から一人でも多く相談を受けられるようにするため、支援員の増員等による自立相談支援機関の拡充を図るとともに、生活困窮者から相談を受ける機会の多いハローワーク、消費生活センター、医療機関、行政の徴税部門等の他機関と自立相談支援機関との連携を推進すること。

(2)支援内容に地域間格差が生じないよう、負担の大きい自治体や受託法人(以下「自治体等」という。)への支援を充実させ、自治体等間において、事例を集積し、情報を共有する場を設けたり、限られた社会資源を共有できる仕組みを作る等して、自治体等に対して必要な助言、指導、協力を行う体制を構築すること。

(3)生活困窮者に対する一層充実した支援を実現するために、家計相談支援事業等の任意事業を必須事業とし、あわせて、自立支援相談機関が増加する支援業務に対応できるように支援員の増員を可能にする予算措置を行うこと。

2 当連合会は、本制度が、憲法が保障する健康で文化的な最低限度の生活を実現するための制度であることを認識し、生活困窮者への支援に一層の努力をするべく、本制度の運用に積極的に関与することを宣言する。

 以上のとおり決議する。
                              2017(平成29)年7月7日
                                   東北弁護士会連合会

提 案 理 由

1 本制度の概要及びアンケート等の結果から明らかになった課題

(1)2013年12月に成立した生活困窮者自立支援法は、生活保護受給者の急増を社会的背景とし、「現に経済的に困窮し、最低限度の生活を維持することができなくなるおそれのある者」、すなわち生活困窮者に対し、生活保護の受給に至る前の早期支援を行い、生活困窮状態からの脱却を目指す本制度を規定するもので、同法が施行された2015年4月1日から、全国の福祉事務所を設置する自治体において、本制度に基づく事業が開始されることになった。
 また、本制度に基づく事業として、自立相談支援事業、住居確保給付金の支給、就労準備支援事業、就労訓練事業、一時生活支援事業、家計相談支援事業、学習支援事業、その他生活困窮者の自立の促進に関し包括的な事業が規定・実施されており、このうち、必須事業とされている自立相談支援事業については、全国901福祉事務所設置自治体で、生活困窮者のための新たな相談窓口が設けられている。
 施行から2年で、新規相談者は約45万人、プラン作成により継続的に支援した人は約12万人に及んでいる。

(2)本制度実施から3年を目途として見直しを検討する旨が附則2条で定められていることから、厚生労働省は、2016年10月に「生活困窮者自立支援のあり方等に関する論点整理のための検討会」(宮本太郎座長)を設置し、同検討会は、2017年3月、「生活困窮者自立支援のあり方に関する論点整理」をとりまとめて公表した。同省では、2018年度通常国会への法改正を目指して検討が進められているという。

(3)日本弁護士連合会は、本法成立前の2013年10月23日付け生活困窮者自立支援法案に対する意見書を公表し、同制度(成立前の法案)に対する意見を表明していた。同意見書では、自治体の費用負担により支援内容に地域差が生ずる懸念などを指摘していた。

(4)秋田弁護士会が2017年2月に東北地方の自治体等に照会したアンケート結果及びヒアリング等の調査結果によって、多くの自治体で、直面している切実な課題が明らかになっている。
 例えば、依存症(アルコール、ギャンブル)、パーソナリティ障害の方の支援など困難な事例が増加していることや、就労先の確保など、支援団体や就労先等の社会資源が少ないことが指摘されている。こうした相談内容の複雑化に伴い、他職種、他機関との連携が重要という指摘、潜在的なニーズがありながら相談者の掘り起こしができていないというもどかしさ、小規模自治体での職員の負担増の懸念など、率直な意見と課題が示されている。
 また、アンケートからは、弁護士との連携への期待も明らかになっている一方で、弁護士との連携がある自治体は、回答のあった112自治体中40自治体にとどまっていて、いまだ連携が進んでいないことが明らかになっている。このうち、連携の具体的内容としては、「支援員又は相談者が弁護士に相談できる体制を構築」している自治体は17自治体、「弁護士を支援調整会議に参加させている」自治体も13自治体にとどまっている。一方、弁護士との連携実績がない自治体において、連携していない理由としては、「予算措置がない」、「弁護士との繋がりがなく連携を依頼できない」ことが多く挙げられている。すでに支援調整会議や事例検討会に弁護士が関与している自治体からは、一層の連携を要望する声も根強かった。そして、まだ弁護士との連携が実現されていない自治体からも、弁護士との連携を希望する声が多かった。

(5)本制度に関する各地の弁護士会の取組は、実情に応じて様々であるが、弁護士会が支援員との定例相談、電話相談を実施したり、支援調整会議等の会議に弁護士が参加したりするなど、連携が広がりつつある。その一方で、いまだ連携が実現されていない地域も多く、自治体側及び弁護士会側の双方とも、その連携のあり方等を模索しているのが実情である。

2 本制度で明らかになった課題に対する提言

(1)支援の拡大に向けての体制等
 上記のように、施行から2年で約45万人もの相談を受けたことになるが、自ら自立相談支援機関へ相談できるケースばかりではないことから、いまだ多くの生活困窮者が相談をせず、支援を受けていないことが想定される。秋田弁護士会が行ったアンケートにおいても、埋もれている生活困窮者の掘り起こしが課題として指摘されている。
 現状の新規相談件数には自治体ごとのばらつきが大きく、支援を必要とする人をいかに相談につなげるかについての取組の差が現れ始めていると言われている。実際に、厚生労働省の調査でも、自立相談支援機関に配置する支援員が多いほど新規相談者数が多い傾向があるとされている。したがって、相談の掘り起こしには、まず、支援員が十分に配置されることが必要である。そのため、予算の拡充はもちろん、社会福祉法人等への委託事業の場合は複数年での委託など柔軟な予算措置を可能とする枠組みが必要である。
 また、生活困窮者が自発的に相談することが困難な場合も多いことから、生活困窮者をどのように「発見」し、自立相談支援機関につなげるかも課題である。生活困窮に至る要因として、失業、多重債務、疾病、障がい等が考えられ、また、生活困窮に陥った結果、税金の滞納が生じていることも珍しくない。これらの問題を抱える方から相談を受ける、ハローワーク、消費生活センター、医療機関、行政の徴税部門等は、生活困窮者を自立相談支援機関につなげる橋渡し的な役割を担い得るものである。したがって、これら機関等が既に把握している生活困窮者を自立相談支援機関に確実につなげていく仕組みづくりが必要である。
 以上から、国は、支援を必要とする困窮者からより多くの相談を受けられるようにするために、支援員の増員等自立相談支援機関の拡充を図るとともに、生活困窮者から相談を受ける他機関と自立相談支援機関との連携を推進するべきである。

(2)地域間の格差のない支援の実現について
 本制度においては、実施主体である自治体が直営することも、受託法人に事業の全部または一部を委託することも認められているが、実際には、社会福祉協議会等に委託する自治体が多いことが明らかになっている。
 現在のところ、自治体による支援内容と受託法人による支援内容との間には、事業の内容等で明確な差異は認められない。
 むしろ、自治体等の体制、社会資源とのつながりの不足等により、地域によって、生活困窮者に対する支援内容に格差が生じているのではないかとの懸念がある。秋田弁護士会が行ったアンケートにおいても、「都市部に比べて町村部の支援体制が十分とは言えない」、「ごく少人数で生活困窮者自立支援を含めた福祉全般の事務を行っている」、「支援にあたっての知識が十分とは言えない」、「活用できる社会資源が少ない」といった率直な現場の声が寄せられている。
 このような、地域によって受けられる支援の質、量の格差、いわば地域間格差が生じていることになれば、どこでもいつでも適切な支援を受けられるという法の趣旨が貫徹できないことになる。
 このような地域間格差が生じないよう、負担の大きい自治体等への支援を充実させ、自治体等間において、事例を集積し、情報を共有する場を設けたり、限られた社会資源を共有できる仕組みを作る等して、全国的な支援の質、量の向上を図ることが必要である。
 以上から、国は、支援事業の実施に地域格差が生じることがないよう、自治体等に対し必要な助言、指導、協力を行う体制を構築するべきである。

(3)任意事業の必須事業化の必要性
 厚生労働省の調査によれば、就労準備支援事業、家計相談支援事業などの任意事業については、いずれの任意事業の実施率も、全国実施割合は5割に満たず、都道府県別に見ると実施率に大きなばらつきがある。これは、国の費用負担割合(必須事業は国が3/4負担、任意事業は1/2負担(一部は2/3))によると思われる。
 厚生労働省の調査によれば、継続的支援対象者(支援調整会議におけるプラン作成対象者)のうち家計面に何らかの課題を抱える人の割合は95.2%にのぼる。このように家計面に課題を抱える人が、家計相談支援事業を通じて家計相談支援員と共に家計収支を明らかにすることで、本人が自らの家計状況を把握してどのように家計管理をすればよいか自分で理解し、債務や滞納がある場合には現実的な債務返済や滞納解消計画の策定が可能となり、また家計管理を通じて世帯全体の状況が明らかになってこれまで気付かなかった生活課題を見出すといった効果が期待できる。このような効果からすると、家計相談支援は、生活困窮からの脱却に不可欠と言うべきである。現に、厚生労働省の調査では、家計相談支援事業未実施自治体のうち、事業の必要性「あり」と認識している自治体は78%にのぼり、家計相談支援事業実施の要請は高い。
 また、就労に必要な実践的な知識・技術が不足しているだけではなく、生活リズムの乱れ、社会と関わることへの不安、就労意欲の低下等の理由で就労できず、生活困窮に陥るケースも少なくない。就労準備支援事業は、このように直ちに一般就労を目指すことが困難な方に対して就労に向けて準備する機会を提供するものである。具体的には、日常生活自立に関する支援(適正な生活習慣の形成を促す支援)、社会自立に関する支援(基本的なコミュニケーション能力の形成に向けた支援)、就労自立に関する支援(職場体験の機会の提供、ビジネスマナー講習、模擬面接、履歴書の作成指導等)がなされる。このような就労準備支援事業は、直ちに一般就労を目指すことが困難な方の就労可能性を広げる支援として欠かせないものと言える。
 そもそも、本制度は、憲法が保障する健康で文化的な最低限度の生活を実現するための制度であるが、生活困窮者の自立を支える家計相談支援事業や就労準備支援事業といった任意事業について、自治体によってはかかる支援が受けられないという事態は、憲法が、全ての国民に対して健康で文化的な最低限度の生活を保障していることと矛盾するものである。
 したがって、生活困窮者に対する一層充実した支援を実現するためには、これまでの任意事業を必須事業として行うべきである。
 もっとも、これまでの任意事業を必須事業化した場合には、自立相談支援機関が行う支援業務は当然に増加することになる。実施する支援業務が増える以上、支援員の数も増やさなければ、個々の支援員の負担が増え、結果的に、相談者に対する支援の質の低下を招きかねない。したがって、これまでの任意事業を必須事業化するにあたっては、あわせて、支援員の増員とこれを可能にする予算措置が講じられることが不可欠である。
 以上から、国は、生活困窮者に対する一層充実した支援を実現するために、家計相談支援事業等の任意事業を必須事業とし、あわせて、自立支援相談機関が増加する支援業務に対応できるように支援員の増員を可能にする予算措置を行うべきである。

3 本制度において、弁護士、弁護士会が果たすべき役割 

(1) 生活困窮者において、多重債務、離婚、成年後見、相続といった法的な問題を抱えていることは珍しくない。このような場合、自立相談支援機関の支援員において法的な問題への対応について十分な知識と経験がなければ、生活困窮者に対して適切な支援を行うことは難しい。秋田弁護士会が行ったアンケートにおいて、本制度を実施している自治体は、法律専門家としての弁護士との密接かつ継続的な連携を希望している。具体的には、すでに支援調整会議や事例検討会に弁護士が関与している自治体からは、専門的なアドバイスや相談の有用性が指摘されるとともに、研修等の実施を通じた支援員のスキルアップへの協力や、支援員及び生活困窮者に対する随時の相談対応を求めるなど、一層の連携を要望する声が根強かった。そして、まだ弁護士との連携が実現されていない自治体からも、法的な課題を抱えている相談者への支援など、弁護士との連携と協力を希望する声は多い。

(2) 弁護士は、これまで、貧困に直面している相談者の相談を受け、その内容に応じて、家事事件や労働事件、多重債務、生活保護同行支援、自殺対策等を行ってきた。また、弁護士会としても、それらの相談に適切、迅速に対応できるよう、貧困問題対策委員会等を設置し、相談窓口の拡充や研修等を実施してきた。しかし、弁護士だけで、様々な課題を抱える生活困窮者に対して包括的かつ効果的な支援ができるわけではない。我々弁護士自身が窓口となり、日々の法律相談等の弁護士業務を通じて「発見」した生活困窮者を自立相談支援機関につなげることによって、複合的な課題を抱える相談者の救済を図ることが可能になる。
 厚生労働省が公表した2016年度の自殺死亡率(人口10万人あたりの自殺者数)を見ると、秋田県は26、岩手県は25.4、青森県は21.6、山形県は20.7、福島県は19.9、宮城県は19となっており、いずれも、全国平均の17.3を上回っており、自殺対策は東北各県に共通する喫緊の課題である。生活困窮者が抱える失業、多重債務、疾病、障がい等といった課題は、いずれも、自殺の背景事情として指摘されているものでもある。わたしたち弁護士が、自立相談支援機関との連携を深め、生活困窮者の自立支援に一層取り組むことは、自殺対策にも資するものと言える。
 ところが、弁護士自身も、本制度の存在と意義を十分に認識し活用できているとは言い難いうえ、弁護士会としても、同制度への協力等は緒に就いたばかりである。
 したがって、わたしたち弁護士及び弁護士会は、生活困窮者の支援を十分に果たすために、本制度に連携し、自立相談支援機関が行う支援に協力をする一方、自らの相談者の困窮を救済するために、多重債務対策、生活保護制度の利用等のほか、自立相談支援機関への紹介を積極的に行うことが必要である。
 以上から、当連合会は、本制度が、憲法が保障する健康で文化的な最低限度の生活を実現するための制度であることを認識し、生活困窮者への支援に一層の努力をするべく、本制度の運用に積極的に関与することをここに宣言するものである。

以上