2017(平成29)年5月13日 

内閣総理大臣 安倍 晋三 殿
法務大臣   金田 勝年 殿
衆議院議長  大島 理森 殿
参議院議長  伊達 忠一 殿
日本司法支援センター理事長 宮﨑 誠 殿


東北弁護士会連合会    

会 長 田中 伸一 

要 望 書

第1  要望の趣旨

1 東日本大震災の被災者に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律(平成24年3月29日法律第6号)(以下、「震災特例法」という。)の有効期限を少なくとも2021(平成33)年3月31日まで再延長すること。

2 岩手県内においては日本司法支援センター岩手地方事務所大槌出張所及び同気仙出張所を平成30年3月31日以降も存続させること。

3 福島県内においては東京電力福島第1原子力発電所事故の避難指示が解除されることにより住民が帰還している状況にあり、旧警戒区域及び旧緊急時避難準備区域における法的需要に対応する必要があることから、日本司法支援センター福島地方事務所ふたば出張所を存続させ、帰還した住民に対する法的サービスの提供を維持すること。

を求める。


第2  要望の理由

1 震災特例法の再延長の件

(1)(震災特例法のもとで東日本大震災法律援助事業が果たしている役割)

 2012(平成24)年3月に3年間の時限立法として制定され、2015(平成27)年3月31日に有効期限を3年間延長された震災特例法により、被災者に対する東日本大震災法律援助事業が行われている。この事業は、被災に伴う法的紛争の解決を目的とし、①援助を受ける者の資力の状況を問わず、②対象事件の範囲を裁判外紛争解決手続(いわゆるADR)や行政不服申立手続に拡大し、③事件係属中の立替金の償還等を猶予する点が、通常の一般民事法律扶助事業にはない特色となっている。

 とりわけ、資力の状況を問わずに弁護士等の専門家による相談や代理を利用できる点が、被災者の心理的なアクセス障害を軽減してより利用しやすくしたことはもとより、行政機関が弁護士等の専門家による相談を早期に紹介することにもつながり、東日本大震災発生後に刻々と変わる状況の中で、法的紛争の未然防止や早期解決に寄与している。

(2)(法的紛争に対する弁護士等の専門家の関与による解決需要)

 東日本大震災から6年が経過した現時点において、震災に起因する法的紛争は複雑・高度化し、弁護士等の専門家の関与による解決需要が一層高まっている。

 すなわち、甚大な地震被害・津波被害が生じた沿岸被災地では、防潮堤の復旧・復興は完成しておらず、また、防災集団移転のための用地確保や工期の遅れなどにより、平成30年度でもなお住宅用地や事業用地が引き渡されない地域が相当程度あることが見込まれる。したがって、今後も復興事業に伴う用地買収・収用をめぐる換地や補償等に関する法的問題への対処を迫られる被災者への支援が必要である。また、災害公営住宅に入居しあるいは住宅等の再建のため土地の引渡を受けた者が、生活等再建の過程で、土地・住宅関連紛争、近隣紛争、家族関連紛争、消費者被害、住宅ローンを含む多重債務問題など震災に起因した法律問題が発生しており、引き続き、資力の状況を問わない法律援助事業を行う必要が高い。

 また、地震災害・津波災害に加えて、東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、「原発事故」という。)の発生に伴い、広範な地域が放射性物質により汚染され、今なお多数の人が震災時の住所に帰還することができない状態が継続している。放射線汚染物質による被害の地域が広汎であり、被害内容も多種多様であり、被害者の健康被害の晩発性により客観的リスクが明らかにできないことから、被害の全体像は今もって明らかではない。そして、原発事故により震災前の住所地からの避難継続を余儀なくされている4万人近くの避難者及び放射線被ばくによる健康被害のリスクを抱えながら被災地で生活している被害者の多くは、現在もなお避難あるいは原発事故についての損害賠償を含む法的紛争を抱えている。特に損害賠償事件については、東京電力ホールディングス株式会社(旧東京電力株式会社。以下、「東京電力」という。)に対する直接賠償請求案件、原子力損害賠償紛争解決センターによる和解仲介手続のほかに、後述する前橋地方裁判所のほか、全国20の地裁・支部で合計28件の原発避難者による集団訴訟が係属し、原告住民らは1万2000名を超え拡大しており、未だ法的紛争が全体として終局解決を迎える目処が立っていない。このような被災者の救済を目的として、後述のとおり、原発事故被害者による原子力損害賠償請求権の消滅時効期間については立法で10年に延長されたが、震災特例法を再延長しないことは、法的紛争の解決需要に応える法制度として整合せず、相当ではない。

(3)(東日本大震災法律援助事業の利用状況と地方自治体の要請等)

 ところで、東日本大震災法律援助事業による平成28年度(ただし同年4月から12月まで)の法律相談援助件数は、全国で約3万9000件、岩手県で約6700件宮城県で約1万5036件、福島県で約8744件をそれぞれ超え、依然として高い水準での利用が続いている。また、同事業による代理援助件数(ただし同年4月から12月まで)は、全国で約350件、岩手県で約16件、宮城県で約48件、福島県で約97件となっているところ、ADR申立手続と金銭事件の2つの事件類型で代理援助件数全体の約80から90パーセントに達している。すなわち、上記代理援助件数には原発被災者や災害関連死等の深刻かつ困難な問題を含む案件が相当数含まれていると考えられ、深刻な被害を回復するために設けられた制度の有用性が現時点において否定されるものでは決してない。

 さらに、福島県内の全市町村(59市町村)を対象として震災特例法の延長に対するアンケートを実施した結果、回答があった34自治体のうち、約88%に相当する30の自治体から震災特例法の再延長を希望する回答が寄せられており、岩手県内の相当数の自治体に対するアンケート調査でも同様の結果が得られているところである。加えて、日本司法支援センターと岩手県との間では、平成25年3月、被災者の生活再建のための総合的な相談支援について協働する協定を締結しており、被災者の相談支援を後押しする東日本大震災法律援助事業は、今なお欠くことができないものであるといえる。

(4)(原発事故による被害者救済の必要性)

 「東日本大震災における原子力発電所の事故により生じた原子力損害に係る早期かつ確実な賠償を実現するための措置及び当該原子力損害に係る賠償請求権の消滅時効等の特例に関する法律」(平成25年法律第97号)により、原子力損害賠償請求権の消滅時効が「損害が生じた時」から「10年」に延長されていることからすれば、今後少なくとも4年以上は、原発事故被害者による原子力損害賠償請求等について弁護士等の専門家による支援を容易にするために、震災特例法を存続させる必要がある。

 とりわけ、原発事故に関する損害賠償請求訴訟で、2017年(平成29年)3月17日に言渡があった前橋地方裁判所判決では、国の東京電力に対する規制権限の不行使についての違法性や、東京電力による津波の到来の予見可能性、結果回避可能性を認めたうえで、原告ら住民の平穏生活権の侵害を理由とする損害賠償責任を命じた。上記判決では、国の中間指針は多数の被害者への賠償を迅速、公平、適正に実現するために一定の損害額を算定したものであり、あくまで自主的に解決するための指針であるとの指摘もなされており、個々の被害実態に即した原発事故の賠償水準の再検討にまで踏み込んでの弁護士等の専門家による支援が必要とされる。また、現時点で多数存在しているとみられる賠償請求を行っていない未請求者に対する支援も、今後さらに必要である。

 さらに福島県については、第1原子力発電所から30km圏内の旧緊急時避難準備区域については、少しずつ住民が帰還しているものの、医療機関や商業施設等は事故前と比較しても不十分であり、損害賠償等に限らず法的トラブルに対する需要も存在する。また、平成29年3月から4月にかけて富岡町、浪江町、飯舘村、川俣町の一部について出されていた避難指示が解除されており、今後、避難指示解除に伴い法的トラブルを解決する必要が増大する可能性がある。

(5)(資力等を問わない法律相談援助等の必要性)

 以上に述べた状況が存在するにもかかわらず、平成30年3月31日をもって震災特例法が失効すれば、東日本大震災及び原発事故の甚大な被害から立ち直り、もとの生活を取り戻そうとしている被災者の生活再建と被災地の復旧・復興に水を差すのは明らかである。

 ところで、現在実施されている総合支援法に基づく民事法律扶助事業では、受付時に収入・資産についての資力申告が必要であるところ、これは、被災者が相談する上での心理的・経済的なアクセス障害となり、相談自体をためらわせ、被災者が適宜に必要な情報や援助を受けられず、被災者の生活再建さらには被災地における復興が阻害される虞すらある。すなわち、被災地においては、資力を問わない法律相談援助を受けられること自体が被災者の生活再建及び被災地の復興にとって必要性が高く、まさに被災者及び被災地支援となっているのである。

 したがって、資力の状況にかかわらず、被災者であれば誰でも無料で受けられる震災法律援助事業を存続させ、被災者の心理的・経済的なアクセス障害を除去するとともに、行政機関等から被災者に対し法律援助が紹介される機会を確保しなければならない。


2 臨時出張所の件~日本司法支援センター岩手地方事務所大槌出張所、同気仙出張所及び同福島地方事務所ふたば出張所の存続の必要性

(1) 日本司法支援センター岩手地方事務所大槌出張所(以下、「法テラス大槌」という。)及び同気仙出張所(以下、「法テラス気仙」という。)は、津波による被害が甚大で行政にも大きな被害が生じた岩手県沿岸南部に設置され、活動している。

 当該地域では元々過疎が進行しかつ高齢化が進んでいたところに、特に著しい津波被害が重なった。その結果、復興が未だ不十分と言わざるを得ないなかで、上記出張所を廃止することは復興支援をさらに遅延させることになりかねない。

 仮に、上記出張所が震災特例法の失効に伴って閉鎖された場合、法テラス大槌の主な活動エリアである大槌町・釜石市内の弁護士(2名)及び法テラス気仙の主な活動エリアである大船渡市・陸前高田市・住田町内の弁護士(2名)では、当該地域の弁護士の数が少ないために、利益相反の観点からみても相談や受任できない案件が相当数出てくることが予想され、地域住民の法的需要に十分に応えられない事態が生じる虞がある。

(2) また、前記岩手県沿岸南部では、高齢者が内陸部に赴いて弁護士に相談することも躊躇する傾向にある。したがって、法テラス大槌及び法テラス気仙を被災者に最も近い法的支援の拠点として存続させ、原則として最低週3回、盛岡、花巻、北上等の内陸部の弁護士が滞在することで、出張法律相談等の需要にも柔軟に対応することが可能となる。

(3) さらに、前記岩手県沿岸南部の被災市町村が人口減少や産業復興の遅れによる厳しい財源のなかで、法テラス大槌及び法テラス気仙にかわる相談拠点を設けることは人的にも物的・財政的にも困難であり、また、行政が主管する相談場所で行政を相手方とする相談を行うことには、被災者の心理的なアクセス障害が生じることが否定できない。

(4) したがって、内陸部との交通アクセスが客観的にみて困難である前記岩手県沿岸南部の法的ニーズを満たすため、法テラス大槌及び法テラス気仙を存続させることが必須である。

(5) 加えて、前述のとおり、福島県については、第1原子力発電所から30km圏内の旧緊急時避難準備区域については、少しずつ住民が帰還しているものの、医療機関や商業施設等は事故前と比較しても不十分であり、損害賠償等に限らず法的トラブルに対する需要も存在する。また、平成29年3月から4月にかけて富岡町、浪江町、飯舘村、川俣町の一部について出されていた避難指示が解除されており、今後、避難指示解除に伴い法的トラブルを解決する必要が増大する可能性がある。

 したがって、該当地域での法的拠点となっている日本司法支援センター福島地方事務所ふたば出張所を存続させることも必須である。


3(被災地弁護士会の意見表明)

 2017(平成29)年1月30日に要望の趣旨第1項及び第2項と同様の岩手弁護士会会長声明が表明され、また、同年2月25日には要望の趣旨第1項と同趣旨の福島県弁護士会総会決議がなされている。こうした地元弁護士会の意向を尊重すべきである。


4(結論)

 よって、要望の趣旨のとおり要望する。

以 上