内閣総理大臣 菅 直人 殿

 

第1 意見の趣旨

1 東日本大震災による被災地域への罹災都市借地借家臨時処理法(以下,「罹災法」という。)の適用を,政令で指定すべきではない。
2 前項の意思決定を,早急に行うべきである。

 

第2 意見の理由

1 罹災法の問題点
(1)罹災法の沿革と現状

罹災法は,1946年(昭和21年)に制定された戦災処理の臨時法であったが,その後の法改正を経て,政令で指定する災害及び被災地域にも適用されることとなり(同法第25条の2,第27条第2項),大規模災害時における借地借家に関する特別法として位置づけられてきた。同法は,これまで,1995年(平成7年)1月17日発生の阪神・淡路大震災,2004年(平成16年)10月23日発生の新潟県中越地震のような大規模災害においても適用されている。
しかし,罹災法は,もともと戦災処理のための臨時法であり,今日の借地借家関係を巡る社会情勢は戦災直後とは大きく異なるのであって,これをそのまま適用ることについては多くの問題がある。実際に,阪神・淡路大震災,新潟県中越地震に罹災法が適用された際には,数々の問題点が指摘され,適用地域に少なからぬ混乱をもたらした。そのため,これまでに様々な改正提言等がなされてきたが,何ら改正等がなされないまま今日に至っている。

(2)罹災法の問題点
罹災法の問題点については,日本弁護士連合会が2010年(平成22年)10月20日付け「罹災都市借地借家臨時処理法の改正に関する意見書」に具体的に指摘されているところである。特に,優先借地権(第2条),借地権優先譲受権(第3条),優先借家権(第14条),建物滅失後の借地権の対抗力の存続(第10条)についての規定は,廃止ないし改正されなければ,その適用により,以下のような極めて重大な問題を生じさせるおそれがある。

ア 優先借地権の問題点
優先借地権は,滅失建物の罹災借家人が土地所有者に対し2年以内に申し出ることによって相当な借地条件で優先的に敷地を賃借できるとするものである(罹災法第2条)。これは,従来借家人に過ぎなかった者が,借地人にいわば昇格するというもので,仮設住宅等の公的支援もない戦災直後において,バラックを建てて住居を確保しようとした罹災借家人に,敷地利用権を与えんがためにできた制度であった。 しかし,土地価格も借地権価格も高騰し,居住確保に一定の公的支援も期待できる現代にあっては,罹災借家人に借地権という強力な権利を付与しなければならない背景事情はない。その一方で,この権利は,借家人を強く保護することにより,土地所有者の権利を大きく制限するため,私人間の権利関係の調整において明らかに公平性を欠く結果となることが多い。そればかりか,優先借地権を主張する者により経済的利益獲得の交渉に使われかねない等,被災地域の計画的な復興政策を阻害するおそれも存在する。

イ 借地権優先譲受権の問題点
借地権優先譲受権は,滅失建物の罹災借家人が既に敷地に借地権が設定されていたときはその借地権者に対し2年以内に申し出ることによって相当な対価で優先的に借地権を譲り受けることができるとするものである(罹災法第3条)。  この借地権優先譲受権についても,借家権を借地権に昇格させるという点で優先借地権と同様の性格の権利であり,優先借地権と同様の問題を抱えている。

ウ 優先借家権の問題点
優先借家権は,滅失建物の罹災借家人は,その敷地に最初に築造される建物について,完成前に賃借の申出をすることによって他に優先して相当な借家条件で賃借できるとするものである(罹災法第14条)。  優先借家権は,優先借地権のような権利の昇格を伴うものではないが,阪神・淡路大震災の際にはあまり活用されなかった。これは,罹災借家人にとっては,新たに築造される建物の種類・構造・建築時期について何ら申入れをすることができず,また,相当な借家条件が高水準の新規賃料となって従前の賃料で居住していた借家人には経済的に負担できなかったこと,建物の築造者にとっては,優先借家権の申出が建物の完成までいつでも可能とされているので法的に不安定な立場におかれ,建物の再築を躊躇する例も多かったこと等が理由である。

エ 建物滅失後の借地権の対抗力の存続の問題点
これは,震災によって借地上の建物が滅失した場合,当該土地上に何らの公示をすることなく5年間にわたって借地権の対抗力を認めるものである(罹災法第10条)。
これに対し,借地借家法第10条2項では,建物滅失後に土地上に再建築予定等を明記した看板等を掲示したときには2年間の借地権の対抗力を認めている。両者を比較すると,震災を考慮してもなお,何らの公示なくして対抗力を付与することは取引安全の見地から相当とはいえないし,あえて罹災法10条の適用をしなくても,借地権者の保護としては既存の借地借家法10条2項によって認められる対抗手段で十分であると考えられる。

2 早期の意思決定の必要〜被災地の実情
(1)東日本大震災発生後,各地の弁護士会等で被災電話相談や避難所等での出張相談が実施されているが,借地借家問題に関する相談は,全体の約3割を占め,最も多い相談類型である。借地借家問題においては,罹災法が適用されるか否かにより権利関係が大きく左右されるが,その見通しが不明確なため,相談の現場では混乱を生じているとの報告もなされている。

(2)これら借地借家問題に関する相談事例は,従前から面識のあった貸主・借主間のトラブルが圧倒的であり,両者が近隣住民である例も少なくない。そのため,人間関係の修復・維持の観点からも,話し合い等による円満解決が求められる。仮に,今後,東日本大震災の被災地域に罹災法が適用されることとなった場合,上記罹災法の問題点が顕在化し,借地借家問題の話し合いによる解決が阻害され,当事者間に無用の混乱を生じさせるとともに,地域の復興の妨げとなることが懸念される。

 

3 むすび
以上の通り,東日本大震災の被災地域に罹災法を適用することは,借地借家人の権利保護の実益に乏しいばかりか,これを適用するときは様々な混乱が発生するおそれがあることから,その適用を政令で指定することに強く反対する。
また,罹災法の適用の見通しが不明確な状態が続くときは,被災地域の生活再建・復興への取り組みを躊躇させることになりかねないことから,同震災については,同法の適用を政令で指定しないとの意思決定を早急に行い,被災地域の生活再建・復興を後押しすべきである。

以上

東北弁護士会連合会   会 長 廣嶋清則
同災害復興支援統轄本部 本部長 廣嶋清則