我が国における捜査機関による被疑者の取調べは、長期間にわたり被疑者の身体を拘束して完全な密室で行われることが多く、その取調べの状況については、被疑者及び捜査機関以外の者が窺い知ることが極めて困難である。
そのため、時として、取調官による暴行、脅迫、威圧、利益誘導などの違法・不当な取調べが行われ、その結果、虚偽の自白調書が作成され、かつては免田事件他の死刑再審四事件、近年では富山の氷見事件(再審)、佐賀の北方事件、鹿児島の志布志事件、栃木の足利事件(再審)などの幾多のえん罪事件が発生した。これらのえん罪は、自白偏重による人質司法と調書裁判によって生み出されたものにほかならない。
このようなえん罪を防止するための方策としては、特に、被疑者の取調べ(逮捕前の取調べも含む)状況を事後的に客観的に検証できるような方策を講ずべきである。そして、そのための方策として取調べの全過程の録画(可視化)が行われれば、被疑者の自白の任意性の有無の立証が容易となり、捜査の適正化にもつながると考えられる。
これまで、日本弁護士連合会や各地方の弁護士会連合会及び各単位会は「取調べの可視化法案」の立法化を求めてきたが、それにもかかわらず、未だ法案の国会への上程はなされていない。それどころか、本年6月、法務大臣より、「実務に即した現実的な形での取調べの可視化を実現するため、その対象とする事件や範囲について検討を行う。」などと可視化を後退させる方針が発表されている。このことは、極めて憂慮すべき事態であり、全ての被疑者の取調べの全過程を可視化の対象とした法案が速やかに立法化されるべきである。
一方、被疑者が被疑事実について否認した場合でも、被害者や目撃証人等の参考人の供述によってえん罪が発生する場合がある。即ち、参考人取調べにおいては、ややもすると事件解決に進んで協力したいとの参考人の思い等もあり、捜査官による頻繁な事情聴取や公判のための入念な打合せの過程において得られた情報を、あたかも自己の体験に基づく情報として供述してしまう危険があるとの問題点も指摘されている。このような参考人の供述等によるえん罪の危険を除去するためには、捜査機関による参考人の取調べ、事情聴取及び実況見分等を含めた捜査の全過程の録画が必要であり、これらの可視化も実現されるべきである。
また、現在の裁判で行われている様な「総まとめ」としての一部の検面調書の 開示だけでは供述調書の作成過程を明らかにすることはできない。捜査過程において作成された全ての供述調書と、そのもとになった備忘録やメモ等をはじめとする捜査機関が収集した全ての証拠物の開示を受け、供述の変遷とそれを裏付ける客観的証拠の有無を検討することは、被疑者・被告人の防御権の行使を十全たらしめ、えん罪防止のための重要な方策になると考えられる。
以上に述べた理由により、不当な取調べに基づくえん罪を防止するためには、
1.被疑者の取調べ(逮捕前の取調べを含む)及び参考人の取調べや、事情聴取等の全過程を録画することで、取調べ等を全面的に可視化し、
2.捜査段階の供述調書、取調べメモ類及び捜査の過程で得られた証拠物を全て開示すること
が必要であることから、国に対しては、これらを義務付ける法律を制定することを求めるとともに、捜査機関に対しては、法制化されるまでもなく直ちにこれらを実現することを求める。
以上のとおり決議する。
2010年(平成22年)7月2日
東北弁護士会連合会
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