2022年(令和4年)5月18日に国会(第208回通常国会)で可決され成立した民事訴訟法等の一部を改正する法律(以下「改正法」という)が、2026年(令和8年)5月21日に全面的に施行された。この施行により、民事訴訟において訴訟代理人は訴え提起等について電子申立てが義務化されるなど、これまでの訴訟実務を大幅に変革する運用が開始された。これを契機に、デジタル技術の活用により、訴訟内外の事務負担の軽減や記録の検索性の向上などによる訴訟手続の質的向上が図られ、司法改革において掲げられた「国民にとってより利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」、「より公正で、適正かつ迅速な審理を行い、実効的な解決を可能とする制度」への前進が期待される。

しかし、民事訴訟のデジタル化はそれ自体が目的ではなく、あくまで手段であり、デジタル化にあたって、裁判を利用する市民の権利・利益がないがしろにされてはならない。そのためには、改正法の施行後にも指摘されている以下のような問題点に十分な配慮をする必要がある。

民事訴訟実務上の運用においては、現在導入されている民事裁判書類電子提出システムmintsに対し、弁護士の補助者である事務職員のアカウントの制限や記録検索機能が十分とはいえない等の問題点が指摘されている。これらは単にシステムの使い勝手の問題にとどまらず、適正・迅速な審理の可否に直結するものであり、裁判を受ける権利の実質的な保障に関わる重要な問題である。今後の見通しとして、2027年度中(2028年3月まで)にmintsに代わる新たなシステムTreeeSの導入が予定されているが、弁護士をはじめとする訴訟関係者の意見を反映し、適正・迅速な訴訟の実現に資するシステムが構築されなければならない。また、民事訴訟のデジタル化に伴う裁判を受ける権利の保障の問題としては、デジタル機器の利用に習熟していない市民をはじめとする訴訟関係者への手続上の配慮も重要な課題である。

訴訟におけるシステムを構築する上では、システムの安定性や当事者のプライバシーや営業秘密の保護等が図られることも不可欠の要請である。それに加えて、システム障害や通信障害が発生した場合の代替手段の確保、障害発生時の迅速な情報提供などについても、予め裁判所が具体的な方針を示す等の対応が必要である。

民事訴訟等の裁判手続のデジタル化を契機として司法の過疎・偏在が進行し、裁判所支部や出張所の管轄区域における司法機能が低下するのではないかとの懸念に対しても注意が必要である。現在、一部の裁判所では、「機動的審理運営」と呼ばれる、事件が係属する裁判所庁舎に現実に裁判官がいない状態であってもオンライン機器を利用して民事訴訟事件、家事調停事件等の手続を進める方策が導入されている。このような運用は、審理を担当する裁判官が訴訟等の係属する裁判所庁舎にいない日でも柔軟に期日を開催できるという利点はあるものの、それが更に進むと、地方裁判所及び家庭裁判所の支部や同支部管内の簡易裁判所・家庭裁判所出張所等においては、裁判官の常駐ばかりか定期的な填補すらも不要ということになりかねない。民事訴訟等のデジタル化を契機に、将来裁判所支部や出張所の統廃合が進むようなことはあってはならない。

民事訴訟のデジタル化の将来の見通しとしては、前述のようにmintsに代わる新たなシステムの構築が想定されている。裁判を利用する市民の権利・利益の保障に資するようなシステムとするためには、訴訟代理人としてそのシステムを利用する弁護士の要望に十分に応えたものにすることが必要であり、そのための司法予算も十分に確保されなければならない。

当連合会は、改正法の全面施行による民事訴訟デジタル化の本格実施が、民事司法の大きな転換点であることをふまえ、これを機により身近で利用しやすい民事司法を実現するために、国および最高裁判所に対して下記の対応を求める。

1 国民の裁判を受ける権利の保障を実質的なものにするために

(1)改正法全面施行後の運用について、訴訟に関係する者の意見を継続的に収集し、その意見を反映させたよりよいシステムの構築を図ること。

(2)訴訟関係者に対し、デジタル化された訴訟手続及びそのシステムの利用方法に関する丁寧な説明を実施するなど、デジタル技術に対応した訴訟手続の利用を支援する施策を講じること。

2 システムの安定性の確保のために、外部からの不正アクセスやサイバー攻撃に対応できるだけの必要十分なセキュリティ対策を実施するとともに、システムに障害が発生した場合の代替手段の確保、障害発生時の情報提供など、非常時のための対策を講じ、その方針を明らかにすること。

3 民事訴訟のデジタル化を契機として、将来的な裁判所支部や出張所の統廃合に向かうような方針を採用しないこと。

4 司法の人的・物的基盤を確保するために司法予算を大幅に拡充すること。

 

以上のとおり決議する。

         2026年(令和8年)7月3日

         東北弁護士会連合

 

提 案 理 由

1 はじめに

2022年(令和4年)5月18日に国会(第208回通常国会)で可決され成立した民事訴訟のデジタル化を本格的に進める民事訴訟法等の一部を改正する法律(以下「改正法」という)が、2026年(令和8年)5月21日に全面施行された。この施行により、民事訴訟においては、①委任を受けた訴訟代理人は訴訟等の電子申立てが義務化される、②訴え提起等の手数料の納付については電子納付が原則化される、③訴状、判決書等の送達方法については書面の送達の他に、インターネットによる方法での送達(いわゆる「システム送達」)を行うことが可能となり、これまで紙媒体での書面を前提として行われてきた民事訴訟手続が、大きく変わることとなった。

上記の訴訟代理人による電子申立ての義務化等による書面の提出や記録管理の効率化、期日調整の円滑化は、裁判所及び訴訟関係者双方の負担軽減につながり、迅速かつ充実した審理の実現に資する側面がある。このような改革は、これまで国際的に遅れが指摘されてきた日本の司法制度を、現代社会にふさわしい形へと前進させるものである。

しかし、民事訴訟のデジタル化はあくまで手段であり、それ自体が目的ではない。デジタル化の運用次第では、民事訴訟を利用する市民に不利益を及ぼすおそれもあることから、民事訴訟における適正な手続の保障と真実発見の要請が後退するようなことがないように、その運用等に問題がないかを注視していく必要がある。当連合会は、このような問題意識をもとに、民事訴訟のデジタル化における現状の課題を以下のとおり指摘する。

 

2 裁判を受ける権利に関する課題への対応について

(1)現行システムの課題とよりよいシステム構築の要請

現在、民事訴訟実務上の運用においては民事裁判書類電子提出システムmintsが導入されているが、現行のシステムに対しては、当連合会管内の会員に実施したアンケート等において、「ログインに手間がかかる」「タイムアウトするまでの時間が短い」「補助者である事務職員が補助する弁護士毎にメールアドレスを複数取得して補助者アカウントを取得しなければならない等の制限が実務に即していない」「記録検索機能・一覧性が十分でない(書面や証拠多数の事件では記録を検出しにくい)」「操作画面が分かりにくく、誤操作のおそれがある」「1つのファイルあたりの容量制限や提出できるファイルの種類制限により、動画やメールデータ等の証拠を提出しにくい」などの様々な課題が指摘されている。

これらは、専らmintsの使い勝手の悪さという点にとどまらず、訴訟追行の効率性や充実した審理の可否という裁判を受ける権利の実質的な保障に関係する問題でもある。このような課題の改善が図られなければ、デジタル化の運用開始前と比較し、民事訴訟実務において新たな負担が生じた等の指摘を免れず、ひいては市民の裁判を受ける権利を実質的に後退させることにもなりかねない。

システム開発の責任を担う裁判所は、改正法全面施行後の運用をふまえ、弁護士を含む民事裁判手続に関係する者の意見を継続的に収集し、これらの意見を反映させてmintsの改良を実施すべきである。さらに、2027年度中(2028年3月まで)には新たなシステムTreeeSの導入が予定されていることから、その完成にあたっては、mintsの課題を解消したよりよいシステムの構築を目指すべきである。

(2)訴訟関係者に対するデジタル技術に対応した手続の支援

民事訴訟のデジタル化は、民事裁判利用者の利便性向上を目的とするものであるが、すべての市民が同様にその恩恵を受けられるとは限らない。デジタル機器の操作に不慣れな者や、インターネット環境が十分でない地域に住む者などにとって、民事訴訟のデジタル化は、かえって裁判を受ける権利の保障に格差を生じさせるおそれがある。

改正法においては、訴訟代理人は訴訟の提起等の電子申立てが義務化されたが、当事者本人が訴訟を追行する場合には、これまで通り書面(紙面)による主張や立証資料の提出が認められている。しかし、訴訟代理人に委任している一方当事者がデジタル技術利用の恩恵を受けながら、本人として訴訟追行する当事者がこれを受けられないことにより、訴訟追行に不公平が生じることがあってはならない。

また、裁判に参加する証人や裁判所からの嘱託等により裁判への協力を求められた団体・個人の中には、デジタル技術の利用に不慣れな者が存在する可能性も念頭に置く必要がある。

これらの課題に対応するために、裁判所は訴訟関係者に対し、デジタル化された手続に関する丁寧な説明を実施するなど、デジタル技術に対応した訴訟手続及びそのシステムの利用を支援する施策が検討されなければならない。

 

3 情報セキュリティ及びシステム安定性の確保の要請について

(1)高度な情報セキュリティ対策の必要性

民事訴訟において取り扱われる情報には、個人のプライバシー、営業秘密、家庭内のセンシティブな情報等が含まれる。これらの情報が漏洩した場合、当事者の権利・利益が回復困難なかたちで侵害されるおそれがある。

また、システム障害やサイバー攻撃によって手続が停滞したり、情報が漏洩したりすれば、司法への信頼は大きく損なわれることになる。裁判を安心して利用できることは、裁判を受ける権利の前提条件であり、情報セキュリティの確保は不可欠である。

そのため、システム構築及び運用に当たっては、外部からの不正アクセスやサイバー攻撃に対応できるだけの必要十分なセキュリティ対策が検討されなければならない。

(2)システム障害発生時の対応体制整備の必要性

システム障害や通信障害が発生した場合、裁判手続が停止又は遅延するおそれがある。こうした事態に備え、障害が発生した場合の代替手段の確保、障害発生時の迅速な情報提供など、訴訟当事者や代理人に不利益が生じない運用についても、予め裁判所が具体的な方針を示すなどの対応が検討されるべきである。

 

4 地域司法に与える影響への懸念について

民事訴訟等の裁判等におけるデジタル技術の活用は、場所の制約を超える可能性を持つ一方で、地域に根ざした司法の存在意義を弱める危険性も有している。

現在、一部の裁判所では、「機動的審理運営」と呼ばれる、事件が係属する裁判所庁舎内に現実に裁判官がいない状態であってもオンライン機器を利用して民事訴訟事件、家事調停事件等の手続を進める方策が導入されている。このような運用は、審理を担当する裁判官が訴訟等の係属する裁判所庁舎にいない日でも柔軟に期日を開催できるという点で、補助的措置としては有効な面がある。しかし、司法は単なる紛争処理サービスではなく、それが地域に根付いていると言えるためには、その地域に裁判官がいて、地域で日常的に司法が機能していることを示すことが重要である。

機動的審理運営が恒常的なものになると、裁判官が、地域の産業・経済構造、市民の生活実態、文化的背景、慣習等の地域社会の実情に接する機会が減少して、地域住民の意識の上でも裁判が遠い存在となり、地域における司法の存在感そのものが希薄化する危険がある。その上、このような運用がさらに進めば、地方の裁判所支部や出張所に裁判官が配置されなくなり、さらには将来的な裁判所施設の統廃合につながることが懸念される。

裁判所は、単なる「手続の場」ではなく、地域社会において、司法機関が身近に存在することが市民の権利意識を深め、法の支配を広く根付かせるのであり、地域の司法基盤の維持は不可欠の要請である。したがって、民事裁判等の裁判手続等のデジタル化の導入を契機に、裁判所支部や出張所の統廃合を進めるような議論を行うことは厳に慎むべきである。

 

5 司法予算の不足とその拡充の必要性について

民事訴訟等の裁判手続のデジタル化に関し適正な制度及びシステムを構築するためには、そのための十分な予算措置を講じることが不可欠である。我が国の司法関連予算の国家予算に占める割合は近年0.3%を下回っており、国や最高裁判所は、司法基盤の整備拡充のために積極的に予算措置を講じてきたとは言えない状況にある。民事訴訟デジタル化の将来の見通しとしては、前述したとおり、2026年(令和8年)5月21日の改正法全面施行後も、改修後mintsに代わる新たなシステムの構築が想定されている。新システムの導入に向けて、訴訟代理人としてシステムを利用する弁護士の要望に十分に応えられなければ、裁判を利用する市民の権利・利益の保障に資するようなものとはならず、そのための司法予算は十分に確保されなければならない。

当連合会は、これまでの決議においても重ねて日本の司法予算が脆弱であることを指摘してきたが、デジタル化の進展を契機に人権保障の砦である司法の人的・物的基盤を確保するためにも司法予算の大幅な拡充が望まれる。

 

6 むすび

これまで述べたように、改正法の全面施行による民事訴訟デジタル化の本格実施は、司法の未来を左右する大きな転換点といえる。もとより、改正法成立時の参議院法務委員会の附帯決議においても、改正法の全面施行による民事訴訟デジタル化の本格実施について、国及び最高裁判所に対し、適切な裁判が実施されるような環境整備等に格段の配慮をすべきことが求められている。

そこで当連合会は、民事訴訟デジタル化の全面施行を迎えたこの時期を契機に、より身近で利用しやすい民事司法の実現に向け、国及び最高裁判所に対して、本決議本文記載の事項を要請するものである。

         以 上