
国際刑事裁判所(International Criminal Court: 以下「ICC」という)は、1998年に採択された国際刑事裁判所に関するローマ規程(以下、「ICC規程」という)に基づいて、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪及び侵略犯罪という「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪を行った者が処罰を免れることを終わらせ、もってその様な犯罪を防止すること」(ICC規程前文)を目的として設立された、それらの犯罪に責任のある個人の訴追・処罰を任務とする普遍的かつ恒久的な国際刑事法廷である。
ICC規程は2002年7月1日に発効し、2025年現在、その締約国・地域は125に及ぶ。
日本は、ICC規程の起草時より、重大な犯罪行為の撲滅と予防、法の支配の徹底のためICCの設立を一貫して支持し、2007年10月1日にICCに加盟して以降、裁判官を継続的に輩出し、2018年3月からは赤根智子氏が裁判官を務め、2024年3月には日本人として初のICC所長に選出されている。
また、外務省によれば、日本はICCの最大の分担金負担国であり、2024年については約36.9億円(分担率約15.4%)の分担金を負担し、被害者支援のための信託基金に対しても、2014年以降、累計108万ユーロ以上を負担している。
この様に、日本は法の支配を重視する国際社会の一員として、これまで人材面・財政面でICCの活動を大きく支えてきた。
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、2022年3月、日本はICCの検察官に対し、戦争犯罪等の捜査を開始するよう求めて、ウクライナの事態を付託し、日本の他にも42か国が同様の付託を行っている。
2023年3月17日、ICCはウクライナの事態に関連して、プーチン大統領らに戦争犯罪の疑いで逮捕状を発付したところ、ロシアはそれに反発し、報道によれば、赤根判事を含む逮捕状の発付の審理を担当した3名のICC裁判官を指名手配としたほか、ICCの主任検察官らを本人不在のままロシア国内で起訴している。
これらに対して、赤根判事は「ICCの裁判官一同、これらに屈してはならないという気持ちで毎日の裁判業務に向かっている」と述べるとともに、「証拠に基づき法律的な手続きで責任を追及していくことが、戦争犯罪の抑止につながる」と訴えている。
また、2024年11月21日、ICCはガザにおけるイスラエルとハマスとの間の紛争に関連して、イスラエルのネタニヤフ首相らに戦争犯罪などの疑いで逮捕状を発付したこところ、アメリカがそれに反発し、トランプ大統領は、2025年2月6日、ICCの職員などに対するアメリカへの入国禁止処分や資産凍結等の制裁を科す大統領令に署名している。
これに対しても、赤根判事は、2025年2月7日、「ICCの独立性と公平性を損なうもので、深い遺憾の意を表明する」との声明を発表し、「残虐行為による何百万人もの罪のない被害者から正義と希望を奪う」と指摘した上で、「ICC加盟国や法の支配に基づく国際秩序に対する深刻な攻撃」であると非難している。
同日、イギリス・ドイツ・フランスなどICCに加盟する79の国・地域もアメリカの大統領令に対して「法の支配を脅かす」と非難する共同声明を発出し、「ICCの独立性、公平性、および誠実性に対する揺るぎない継続的な支援を再確認する」と述べた上で、「制裁は、ICCが現地事務所を閉鎖せざるを得なくなる可能性があるため、現在捜査中のすべての事案に深刻な打撃を与える」と指摘し、「最も深刻な犯罪が免責されるリスクを高め、国際的な法の支配をむしばむ恐れがある」と訴えている。
しかしながら、日本はこの共同声明に加わらず、ほかにICCを支持する、ないしは支援するような声明さえも発出していない。
ICCは、上述のとおり世界中の多数の国・地域が加盟するICC規程に基づく国際法上の正統性を有する裁判所であるとともに、個人に対し独立・中立で普遍的な司法権の直接的行使という刑事法上の正統性を有する裁判所である。
ロシアやアメリカはICC規程の非締約国であるが、ロシアやアメリカによる上述のような措置は、ICCに対する不当な圧力であり、ICCの独立・公正な活動を阻害し、国際社会における「法の支配」を脅かしかねないものであって、その様な措置が執られる状況が続けば、国際社会が「力による支配」の時代に逆戻りすることにもつながりかねない。
上述のとおり、日本は、法の支配を重視する国際社会の一員であると標榜しており、また、ICCに対して多大な人的・財政的貢献を行い、その実効性を高めるよう尽力してきたにもかかわらず、日本政府が、ICCに対する不当な圧力に対して、反対の意思を表明せず、また、それらを撤回させるように外交努力をしないことは、到底看過できるものではない。
そのため、当連合会は、ロシアやアメリカなどによるICC及びその裁判官、検察官、職員らに対する不当な圧力に強く反対するとともに、日本政府に対し、①ICCの独立・公正な活動を阻害するあらゆる行為に反対する意思を宣明し、②既になされている行為を撤回させ、将来もそのような行為がとられることがないよう外交努力を行い、③今後もICCに対して人的・財政的支援を継続し、その活動を支持していくことを求める。
2025年(令和7年)6月5日
東北弁護士会連合会
会長 吉 田 瑞 彦
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